「世界」は、いつだって「ここ」にある!

2016年11月8日
usi

おはようございます。小出遥子です。

あれは何歳のときの話だったか……
とにかく、うんと幼い頃です。
家族と車でどこかに出かけた帰り道でした。
後部座席に寝っころがって夜空を見上げていた私は、
ふと、とんでもないことに気づいたのです。
私はからだを起こして叫びました。

「おっ、お父さん! お母さん!
大変だよ! 月が追いかけてくるよ!!!」

そのとき車は高速道路を走っていました。
だから、おそらく、時速100キロ以上でぶっとばしていたわけです。

それなのに! 月が! ついてくるんです!
全力で!!!
ぴたっとくっついて離れないんです!!!

こんなに恐ろしいことってあるでしょうか???

怯えまくる私には構わず、揃って理系の両親は、
「地球と月の間の距離が……」
みたいなことを淡々と説明してくれたのですが(笑)
幼い私にその理屈が理解できるはずがなく……。

ただ、月が全力でわれわれを追いかけてきた、
という強烈な印象だけが残りまして……。

いまでも月を見上げると、やっぱり、ほんの少し怖くなるのは、
あのときのショックが、あまりに大きすぎたからなのかもしれません。

……前置きが長くなりましたが、
私は、後年、これと同じか、もしくはそれ以上のショックを、
自分の身にガツンと受けることとなるのです。

それは、

「世界」は、いつだって「ここ」にある!

ということを知ったときに起こりました。

「はあ? 当たり前でしょ?」と言われてしまいそうですが、
いやいや、ぜんぜん、当たり前なんかじゃないですよ……。

ここでいう「世界」は、
個としての私と対峙するものではなくて、
私をもひっくるめて、ただある「なにか」のことです。

この「なにか」としての「世界」は、
私が、どこで、誰と、なにをしていようが、
どんなことを考え、感じ、行おうが、
まったくおかまいなしに、いつだって「ここ」にあるのです。

いつだって「ここ」にあって、
生じもせず、滅しもせず、
汚れもせず、清らかになりもせず、
増えもせず、減りもせず、
ただただすべてを受けいれているのです。

いつだって、です。

ほんとうに、いつだって。
いつ、なんどきだって。

「いま」「ここ」で、「世界」は……。

そうそう。
禅のさとりのプロセスを描いた「十牛図」っていう絵がありますよね。
あのポイントになるのは、やっぱり、第八図だと思うんです。
(冒頭の絵の、下の段の真ん中の図です。)

これ、どうしても「なんにもない」というところに目が行きがちですが、
(なんにもないところに目が行く、っていうのも面白いですね。笑)
ここでいちばん注目したいのは、
「なんにもない」けれど円相自体はある!
……というところなんですよ。

これって、
「世界」自体は、いつだって「ここ」にある!
ということの表現なんじゃないかなあ。

「世界」は、いつだって「ここ」にある。

すごいことだと思いませんか?

ほんとうに、ものすごいことなんですよ!

でも、この「ものすごさ」を伝える術が、私には……あああ……。
ということで、ぜんぜんうまく書けた気がしないけれど……
また、チャレンジします!
あきらめない!!!

 

よい一日をお過ごしください◎