「透明な目」のお話

2018年10月2日

いまこの瞬間のありのままの自分を、否定も肯定もせず、ただ「見て」いる自分は、実は、普段自分が自分だと思っている自分ではない。そのことに気づいた瞬間、同時に、「神」や「仏」や「宇宙」や「愛」ということばの意味がわかるんだ。

先日のツイキャスで、
私、地味に、ものすごく大事なことをしゃべっていたな〜
ってことを思い出したので(すっかり忘れていました!笑)
今日はそのことについて書いてみます。

※こちらで録画をご覧いただけます。
1ヶ月の限定公開です。

https://ssl.twitcasting.tv/haruko_koide/movie/496803620

詳しくは放送をお聞きいただきたいのですが、
まあ、ざっくりまとめれば、

自分のことが好きな自分も、
自分のことが嫌いな自分も、
否定もされず、かと言って変な風に肯定もされず、
ただ、そのままに認められ、ゆるされている。
そういう「透明な目」が、いまの自分とともにある。
そのことに気づけたら、人生変わるよね〜。

……みたいなお話でした。

その「透明な目」って、ほんとうに、どんな瞬間も、
いま! この瞬間も! 私たちとともにあるんですよ。
普段、自分が自分だと思っているものと、
あまりにも同一化されすぎて、気づかれていないだけで、
それは、確実に、「ある」。

即座に「あ、これのことか!」と気づくことはできなくても、
そういう「目」が、いつだって自分を見守ってくれているのだと思えば、
ほんの少し、緊張がほどけて、安心できませんか?

そうやって、安心感の中で、ほっとくつろいで、
心地よくリラックスすることを繰り返していれば、そのうち、
「目」の存在を当たり前のように感じながら生きられるようになります。

こうなれば、もう、「最強」ですね!(笑)

なにが起きてもブレない自分になる……わけじゃなくて、
ときに思いっきりブレまくる自分を、安心して面白がれるようになるんです。

……なんだか変な話をしてしまったかな(笑)。
まあ、この話で、なんとなく気分が良くなったのなら、
こころの片隅に置いておいていただいても、損はないかな、と。

いつか「目」の存在に気づいたときは、
ひっそりこっそり教えてくださいね。

 

「ラジオ体操」ならぬ「ラジオ瞑想」があったら面白いんじゃない……!? 
と閃いてしまったので、さっそく明日(10月3日)朝6時から
ツイキャスでやってみることにしました!(笑) 
早起きして聞いてね〜♩

私が数年の間、瞑想とも思わず、普通に日常生活の中でやっていた
(ていうかいまもやっている。なんならこの瞬間もやっている!)
とある「瞑想的なこと」をシェアしてみます。
今日のブログの内容にもすごく関わってくるところです。
これ、みんなでやったら面白いんじゃない? っていう単なる遊びですね(笑)。
お気軽にどうぞ。