分かり合えなくても

2018年10月6日

自分と意見が違う人は、自分と役割が違う人だということ。自分にはできない仕事を引き受けてくれているのだと思えば、ごく自然に敬意と感謝が湧いてくる。

どうにもこうにも分かり合えない相手というのは、
悲しいかな、どこの世界にもいるもので……。

でも、分かり合えないことは、
必ずしも「不幸」ではないな、と思うようになりました。

分かり合えないことを不幸だと思ってしまうときは、
たぶん、相手との心理的な距離が近すぎるんです。
言い方を変えると、相手と自分を同じ土俵に置いてしまっている。
相手を自分と同じものに変えようと、無意識に圧をかけてしまってる。
そりゃあ、お互いに居心地悪いに決まっていますよね。

落ち着きましょう。
私たちは「ひとり」です。
私はどこまでいっても私だし、
あなたはどこまでいってもあなたです。
その境界線を超えることはできません。

「ひとつ」になる夢なんかとっとと諦めて、
自分も「ひとり」、相手も「ひとり」という、
ごく当たり前の地点に立ち返ればいい。

別々の生き物として、別々の道を歩み、
この地上で別々の役割を果たしている、私とあなた。

そこに立って、はじめて、「他者」という存在への
ほんとうの意味での敬意や感謝が湧き上がってくるのではないかな。

「ひとつ」という世界は、そこにようやく見えてくるのではないかな。

実体験から、そんな風に思います。

 

今日もこのあと朝6時から「ラジオ瞑想」放送します。
瞑想初心者大歓迎。お気軽にどうぞ◎

小出遥子の「ラジオ瞑想」
毎朝6:00-6:30

https://ssl.twitcasting.tv/haruko_koide