「お前も俺も死ぬんだぜ?」

2018年10月16日

どんなに自分にとって不都合な言動を取る相手でも、「あの人も懸命に生きているだけなんだよな」「懸命に生きて、時が来たら死ぬんだよな」「それは私も同じなんだよな」と思うと、「それなら、まあ、いっか」「お互い、いつか死ぬ時まで、精一杯生きましょうや」という気分になる。単細胞万歳!(笑)

ありとあらゆる対人関係における問題は、
「人類みな兄弟姉妹!」ということばの意味が、ほんとうに、
こころの底から理解できたときに消えてしまうなあ、と思っています。

だからと言って、四六時中「人類みな兄弟姉妹!」
と思えるかと言ったらそうではないし、
実際、そんなことを声高に叫ぶ人がいたら、
「なんだか暑苦しいな(お近づきになりたくないな)」
と感じてしまうだろうし(笑)なかなか難しいですねえ。

そうは言っても、人間というのは、基本的には、
誰かを嫌うよりは愛していたい生き物であるというのは、
おそらく、間違いのないことで。

それならば、まずなによりも自分自身の平和のために、
「いのち」の平等性に思いを馳せることは大切だなあ、と。

簡単に言えば、

「人って死ぬんだぜ?」
「お前も俺も死ぬんだぜ?」

って、なぜこんな口調なのかは謎ですが(笑)
つまりはこういうことですね。

人間の死亡率は(いまのところは)100パーセント。
どんな人でも、かならず、死ぬ。

そういう意味で、人は完全に平等で。

みんな、限りある(この肉体での)いのちを、自分なりに懸命に生きていて。
懸命に生きていく中で、どうしても人とぶつかってしまうこともあって、
そのたびに切ない思いをして、それでも前を向いて、再び歩きはじめて……。

ここまで来ると、「人類みな兄弟姉妹!」ということばが、
単なるスローガンではなく、生々しいぬくもりを持ったものに変わってきます。

そうなると、たいていのことはゆるせちゃうような心境になるんですよね。
憎たらしい他人のことも、アホなことばっかりやっている自分のことも。

「あなたも私もいつか死ぬ」

この端的な事実は、人に、ほんとうの意味での「自由」を与えてくれるな、と。
逃げ回るよりも、向き合っちゃった方がたのしいかもよ。

そんな風に思います。

 

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