それも私のせいじゃない

2018年10月27日

「自分」はなにかを「見ている」側じゃない。「自分」はいつだって「見られている」側だ。

「自分」が、何かを見て、聞いて、感じているって……
ほんとうに、ほんとうのことなんですかね?

実際のところ、「自分」が行為を選ぶ余地なんか一ミリもなくて、
ほんとうはすべてがただ起きていて……。

その「ただ起きている」ことに気づいているのも「自分」じゃなくて、
それをやっているのは、神や、仏や、宇宙の側で……。

「ただ起きている」ことを「ただ見ている」透明な目に、
すべてをフワッと預けてしまうと、
「自分」や「世界」ということばの意味が逆転してしまいます。

そうなると、「人生」ということばの意味もひっくり返って、
どう頑張っても深刻に生きられなくなってしまうんですよね(笑)。
でも、その分、「いま・ここ・自分」に真剣になれる。

おもしろいものだな。

最後に、私の大好きなことばと、大好きな詩をご紹介しますね。

神があなたを見る目は、あなたが神を見る目と同じである

(マイスター・エックハルト)

泥のなかから
蓮が咲く。

それをするのは
蓮じゃない。

卵のなかから
鶏(とり)が出る。

それをするのは
鶏じゃない。

それに私は
気がついた。

それも私の
せいじゃない。

(金子みすゞ 「蓮と鶏」)

 

今日もこのあと朝6時から、「ラジオ瞑想」生放送です!
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