争わない生き方

2018年10月29日

最近、私、個人的にとてもうれしかったことがあって。

事の顛末をお話すると……

私、ある人に、「あなたの考え方は正しくない!」
というようなことをいきなり言われたんですね。

それ自体「ぜんぜんうれしくない」ことなんですけれど(笑)
そのあとの私の反応が、これまでの人生にないものだったんですよ。

以前の私だったら、
「あなたの考えは正しくない!」と言われたときに、とっさに、
「ああ、私、正しくないんだ……」と思って自分を責めるか、あるいは、
「私を正しくないというあなたの方が正しくない!」と反撃にでるか、
どちらかの態度を取っていたと思うんですね。

でも、今回それが起きたとき、私、ものすごく冷静に、

「そうですか、あなたはそのようにお感じになられたのですね」

と返して、それで終了してしまったんです。

ほんとうに「それだけ」で終わったんですよ。
それ以上、自分や相手を責める気持ちは湧いてこなかった。

これがね、ものすごくうれしかったんですよ。

自分、グッジョブ! っていうか(笑)まあ、あれですね、
私も、いよいよ極まってきたなあ、って(笑)
しみじみ感動してしまいました。

私の世界に「敵」はいない。
もっと言えば「味方」もいない。
そんな風に人々を分ける思考が湧いてこない。

たとえ、誰かに面と向かって「あんたは敵だ!」と言われても、
「なるほど、あなたは、いま、私を敵だと思っていらっしゃるのですね。
でも、私は、あなたを敵だとはまったく思いません。争う気は一切ないです」
とお伝えして、相手が謝罪を求めているのなら誠心誠意謝って、
そっとその場を離れます。

この世には絶対的な「正解」も、絶対的な「不正解」もないんです。

ここには、単に、
「なにかを正解、あるいは不正解だと思っている誰か」がいるだけ。
ほんとうに、ただ、それだけの話です。

「正解」や「不正解」を定めるための「話し合い」はいらない。
どうせするなら、「正解」や「不正解」は人の数だけあって、
しかも、それも常に変化し続けているのだと、
この世界には、絶対不変の「正解」も「不正解」もないのだと、
その事実を、ただただ確認するための「対話」をしよう。

「正解/不正解」の構造自体を疑い、俯瞰してみたときに、
はじめて、ほんとうの意味での「平和」が見えてきます。

「争わない生き方」へと導かれたこと、
そこに至るまでの無数のご縁に、ただただ感謝です。

 

今日もこのあと朝6時から、「ラジオ瞑想」生放送です!
深い呼吸と、心地よい瞑想で、爽やかな朝をはじめましょう。
登録不要。無料放送です。
お気軽にご参加くださいね。お待ちしています◎

小出遥子の「ラジオ瞑想」
毎朝6:00-6:30

https://ssl.twitcasting.tv/haruko_koide

※先日から「ラジオ瞑想」のあとに
「本日の10分トーク」というコンテンツを加えました。
その日ブログに書いたことをもっと詳しく話す時間にしようかと。
「人生をたのしむコツ」をゆる〜くシェアしていきます。
こちらもよろしくお願いします。