ほんとうのしあわせって?

2018年11月12日

出来事や状況によらない、シンプルな「しあわせ」があることに気づけたこと。それ自体が、しあわせだなあ、と思う。どんな出来事が起きても、どんな状況の中にあっても、「いま」「ここ」「自分」に意識を向けるだけで「大元」に戻れる。1秒もかからない。これは大発見だ。

良いことが起こればしあわせで、
悪いことが起こればしあわせじゃないって、
私たち、あまりも当たり前にそんな風に思っていますけれど、
それってほんとうにほんとうなんですかね?

しあわせって、そんなに頼りないものなのかな?
そんなものをしあわせと呼んで、ほんとうに満足できるのかな?

その問いかけに対して、「そんなの嫌だ!!!」
「そんなんじゃ、ぜんぜん満足できない!!!」と叫んだ瞬間に、
私の「ほんとうのしあわせ」探しの旅がはじまりました。

で、間ははしょりますが(笑)
私、ついに見つけてしまいました。
「ほんとうのしあわせ」を。

「ほんとうのしあわせ」は、いつだって、
「いま」「ここ」「自分」とともにある。

「いま」「ここ」「自分」に意識を向けるだけで、
そこにはかならず「ほんとうのしあわせ」が
待っていてくれるんです。

逆に言うなら、
「いまではないいつか」「ここではないどこか」
「自分ではない誰か」に意識を向けている限り、
「ほんとうのしあわせ」が見つかることはない。

どうして「いま」「ここ」「自分」を生きることが
「ほんとうのしあわせ」になるのか?

「いま」「ここ」「自分」は不動のものだからです。

「いま」以外のいつかに移行することはできないし、
「ここ」以外のどこかに移動することはできないし、
「自分」以外の誰かに変身することはできない。

つまり、「いま」「ここ」「自分」こそが、
世界そのもの、そして宇宙そのものであり、
良いことが起ころうが、悪いことが起ころうが、
「それ」そのものは、絶対不変で、決して揺らぐことがない。

その事実に気がつくと同時に、

ああ、なんだ。
すでにぜんぶ満ち足りていて、
なにひとつ欠けているものなんかなくて、
どこへ行ってなにをする必要もなくて、
ただただ、起きてくるすべてと戯れていればいいのだな……って、

これ以上の「しあわせ」はないな……って、

理屈じゃなく、しみじみと、そんな風に感じられるのです。

どんな出来事が起きても、どんな状況の中にあっても、
目をつぶって、そっと深呼吸をして(まずは「吐く」ことだけを意識して)、
「いま」「ここ」「自分」に意識を向けてみよう。

流れ去るものと同時に、流れ去ることのない「いま」があることに、
移行するものと同時に、移行することのない「ここ」があることに、
変わりゆくものと同時に、変わることのない「自分」があることに、
ただ、気づいていこう。

それで、すべて、大丈夫です。

心配することなんか、ほんとうに、なにひとつないんですよ。

 

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