究極のお守り

2018年12月3日

なにが起きても、「いま」「ここ」「わたし」に立ち返ればいい。これって、ほんとうに「究極のお守り」だなあ、と。

「#ラジオ瞑想」や「#Aメソッド」というハッシュタグを付けて、
ご感想や疑問点などをお知らせください、と呼びかけたところ、
ポツポツとうれしい書き込みが届くようになりました。

なんか、もう、ほんとうにありがたいです。
ラジオ瞑想はじめてよかった!(笑)

今日は、昨日、灯ともしさんという方が
ツイッターに書き込んでくださった内容をシェアします。
灯ともしさん、ありがとうございます!

ラジオ瞑想に出会う前は「これさえあれば大丈夫なもの」「辛い時に心の支えになるもの」というお守り的な物を求めていました。ラジオ瞑想やAメソッドを実践すれば現実の嫌なことが消えるというわけではないし、困ることも起こる。でも今この瞬間に立ち返ることが出来る。

もし心の支えになるお守りがあったとしても紛失する不安に襲われるかもしれない。その点、ラジオ瞑想やAメソッドは失くす不安はない。

この「お守り」っていう表現、すごく素敵だな、と思ったんです。

これさえあれば大丈夫!
これさえあれば安心だ!

そんな風に思えるなにかを、
人は無意識のうちに求め続けているのだと思います。

でも、そのなにかというのは、
目に見える、手で触れられるなにかでは決してない。

目に見える、手で触れられるなにかは、
かならず変化していくものだからです。

かたちを持って生まれたものは、
いつかかならず、そのかたちを失い、無に還っていく……。

そこに永遠を望むこと自体、ナンセンスなお話なんですね。

永遠を望むのなら、むしろ、かたちあるものではなく、
それらの母体となる、かたちなきなにか、
なにかとも呼べないなにか、

つまるところ、

「いま」「ここ」「わたし」

に、からだまるごと、こころまるごとで、
ただただ、戻っていくしかないのですよね。

で、この、

「いま」「ここ」「わたし」

こそが、Aメソッドで言う「透明な目」であり、
「ほんとうのいのち」「ほんとうのわたし」なんですね。

いつでも、どこでも、なにをしていても、
なにを考えても、どんな気分になっても、

「いま」「ここ」「わたし」に、
「透明な目」に、
「ほんとうのいのち」「ほんとうのわたし」に戻れば大丈夫。

そこにはいつだって、究極的な安心感が広がっているから。

これこそ、まさしく「究極のお守り」ですよね……。

なにがあってもなくても大丈夫。

これ以上の安心感はないですよ。

……ということで、
今日もこのあと6時から「ラジオ瞑想」やっていきます。

ラジオ瞑想でシェアしているAメソッドによって、
こころとからだ、生活にポジティブな変化が見られたよ、って方。
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今日も生放送でお届けしますよ!
このあと朝6時から!

ラジオ瞑想 毎朝6:00-6:30
https://ssl.twitcasting.tv/haruko_koide

早起きできないよ〜! って方には、録音もご用意しています。
ご参加お待ちしています!