小笠原和葉さんとの対話/科学とスピリチュアルのはざまから見たいのちの話

2018年9月13日

「いのちからはじまる話をしよう。」ということで、今回、私は、ボディーワーカーとして活躍されている小笠原和葉さんをお訪ねしました。ボディーワークとは、ココロとカラダをひとつのつながったものとして考え、カラダに働きかけることによって、心身を調整していくセラピー等を総称したことばです。これからの時代、ますます大きな役割を担っていく分野であることは間違いありません。

ココロという目に見えないものを扱うお仕事をされているのに、和葉さんのお話はものすごく緻密で理路整然としています。それもそのはず、和葉さんは元バリバリの理系研究者。ご本人も「自分の根っこのフレームは科学者」とおっしゃっています。「科学」と「精神世界」。その一見して相容れないような分野の真ん中に立ち、たぐい稀なバランス感覚でボディーワーク界の最先端を走っていらっしゃる和葉さんにしか語れない「いのち」の話があるのではないか、と、出会ったその瞬間にオファーをしてしまいました。

その直観が正しかったことは対話をはじめてすぐにわかりました。やさしく、やわらかでありながら、その根底に、人間が本来持つ圧倒的な力への信頼を感じさせる口調で、数時間たっぷり「科学とスピリチュアルのはざまから見たいのちの話」を語ってくださいました。

科学の定義から、スピリチュアリティーの意義まで、ほかでは聞けない貴重なお話満載です。ぜひ、最後までじっくりとおたのしみくださいませ!

※このダイアローグをベースとしたTempleを開催いたします。小笠原和葉さんご本人もご参加くださいます。詳しくは記事の最後でお知らせいたします。どうかお見逃しなく!

「理系ボディーワーカー」として

小出:今回は「いのちからはじまる話をしよう。」ということでお邪魔しています。和葉さんの肩書き、おもしろいですよね。「理系ボディーワーカー」。なかなか見ないことばだなあ、と。

小笠原:そうですよね(笑)。

小出:和葉さんは、心理セラピーやトラウマ解放など、どちらかと言えば目に見えない領域のことを主になさっていて。でも、その根底には「理系ボディーワーカー」の名の通り、科学者的な精神が滔々と流れているようにお見受けします。

小笠原:そうですね。なにをもって「科学」というのかというお話はありますけれど、私自身の根っこのフレームは「科学者」なんですよね。常に物事の原理、原則、背後にある普遍性を探っているようなところはありますから。

小出:今日は、心理と科学、そのふたつの領域から、いのちのお話をお伺いできれば、と思っています。よろしくお願いいたします。

小笠原:よろしくお願いします。

小出:和葉さんは、大学では宇宙物理学を専攻されていたそうですね。

小笠原:はい。子どもの頃から「宇宙の果てはどうなっているんだろう?」みたいなことを真剣に考え続けていたような人間だったので(笑)。大学では迷わず宇宙物理学を専攻して、そのまま大学院にも進みました。

小出:大学院では、具体的に、どのようなご研究をされていたのですか?

小笠原:ブラックホールや銀河同士の衝突などの高エネルギーの現象を観測して解析することを専門にしていて、オーストラリアの砂漠に研究に出かけたりもしていました。

小出:砂漠で天体観測! その後どういった道を辿られて、現在のご職業に……?

小笠原:大学院を出たあとに研究職に就いたのですが、激務のストレスで持病のアトピーが悪化してしまって。横になって眠れないほど苦しくて、どうにかしたい、と情報を集めているときに、ヨガに出会ったんですね。それをきっかけに心身の状態がどんどんととのっていって……。

小出:そこから現在のボディーワークの世界に入って来られたのですね。ご著書、『理系ボディーワーカーが教える“安心” システム感情片付け術』(日貿出版=刊)にもお書きになられていましたね。「理系から癒し系に転身します!」と宣言されて研究職を去られたとか。

小笠原:そうなんです(笑)。

「大丈夫」を実感したときに、カラダは健康な状態に向かっていく

小出:研究職をお辞めになったあとは、クラニオセイクラル(頭蓋仙骨療法)や数多くのボディーワーク、ヒーリング、心理学を学ばれ、その後、オリジナルの講座・PBM(プレゼンス・ブレイクスルー・メソッド®)を開講。その後、さらにトラウマ療法を専門的に学ばれて、現在に至る……というご経歴で。ってすみません、いまのはプロフィールを読み上げただけなんですけれど(笑)。私はこちらの分野に明るくないので詳しいことはまったくわからないのですが、とにかく、和葉さんが「癒し」の分野のプロフェッショナルなんだな、ということはよく理解できました。でも、「癒し」と言っても、和葉さんの場合、決してフワッとした地に足のつかないようなものじゃなくて、科学的な理論との共存の可能性を探りつつ、誠実にやっていらっしゃるような印象があります。

小笠原:もちろん、科学が扱える領域自体、実はものすごく狭いものだったりするので、限界はありますけれどね。私は、既存の科学でぜんぶが証明できるとか説明できるとか、そんな風には思っていないんですよ。実際、臨床の現場では、科学のことばではまったく説明がつかないようなことがたくさん起こっているわけですし。でも、たとえばトラウマ療法のベースには、トラウマはココロではなくカラダの問題なんだ、という科学的なデータがありますし、そこは決して対立するものではないんですよね。

小出:なるほど……。カラダからのアプローチでココロを整えていく、ということですが、具体的にはどのようにしていくのでしょうか?

小笠原:道筋というのは人それぞれで、決して定まってはいないんですよね。その人にとってどんな状態がもっとも健康なのか、というのは外からはわからないし、本人にもわからないことがたくさんあるので。

小出:本人にも、ですか?

小笠原:顕在意識の上ではね。

小出:アタマではわからない、ということですね。

小笠原:そう。でも、カラダには、常にいちばん健康な状態、最適化された環境に向かい続ける力というのが確実にはたらいているんです。それで、そのレギュレーションの力というのは、いまここは安心、安全で、自分は大丈夫だ、と本人が気づいたときに発動するんですね。

小出:へええ……!

小笠原:ボディーワークでも心理療法でも、セラピスト側ができる唯一のことは、過去にはいろいろ恐ろしいこと、つらいことがあったかもしれないけれど、いま、この瞬間は大丈夫だよね、安全だよね、というのを一緒に確認してあげること。それによって安心感がもたらされると、あとはクライアント自身の自己調整能力によって、自然と、いちばんいい状態まで行けるんです。

小出:おもしろいですねえ。それこそ、「いのちの力」と呼べるものなのかもしれない。

いま、この瞬間にある体感や呼吸を使っていく

小笠原:常に身の周りの状況を察知して、それに自分を適応させていくというのは、生き物としては、ある程度、健全なことなんですね。危機への備えが緊急で必要な環境に置かれているのだとしたら、それはもちろんやるべきだし、その能力自体を否定するものではないんだけれど、ただ、それが過剰にはたらき続けているのが問題なんです。

小出:まったく心身が休まらないのはつらいですものね……。

小笠原:それで、トラウマの方は、過去の、その出来事が起きたときの状態のままで、カラダ、もっと詳しく言えば神経系のシステムが止まってしまっているんです。

小出:神経系?

小笠原:具体的に言えば、主に自律神経のシステムのことです。交感神経と副交感神経ってありますよね。人間って、交感神経が優位だとカラダが興奮した状態に、副交感神経が優位だと落ち着いてリラックスしている状態になるんです。健康な人はそのふたつの状態を行ったり来たりできるんですけれど、過去に心身に傷を負った方は、神経系がハイになったまま止まってしまっていることが多いんですね。すると、どんなにことばを使って「それはもう過ぎ去ったことですよ」「いま、この瞬間は、安心、安全ですよ」と呼びかけても入っていかない。

小出:カラダに受けいれる余裕がないから。

小笠原:そう。だから、思考ではなくて、体感の側からアプローチして、まずはカラダの方からいまに戻してあげると、システムが納得して先に進んでいく、と。

小出:いま話題のマインドフルネスと同じ感じですかね?

小笠原:そうだと思います。現代人って、ものすごい刺激の中を生きているし、アタマも使い過ぎているし、ほんとうにリラックスして落ち着いて安心するっていう状態に、カラダが入れなくなっているんですよね。常にやらなきゃいけないことに追われて忙しいし。そうすると神経系が活性して、興奮状態を持ち越し続けてしまうので。マインドフルネスの手法で、知覚に集中することで心身の状態を落ち着けて、いまここに戻ってくるというのは、現代人のニーズに合致していますよね。

小出:和葉さんがやられている体感側からのアプローチには、具体的にどのようなものがあるのですか?

小笠原:それこそマインドフルネスでやっていることとすごく近いと思います。いまここにある体感、たとえば椅子の座面の感じはどうですか? と聞いてみたり、あとは呼吸の状態を丁寧に見ていったり。

小出:いまここに確実にある、この感覚を使っていくんですね。

小笠原:そうです。実際にある体感に結びつけていくんですね。思考は、過去も、未来も、実際にはまるでないことも見てしまうんですよ。でも、カラダの感覚とか呼吸とかって、いま、この瞬間にしかないものなので、そちらに意識をくっつければ、否応なく、いま、の瞬間に戻ってこられる。そういうやり方ですね。簡単に言えば、ですけれど。

小出:なるほど。実際的ですね。