【浅原才市】才市どこが、浄土かい。 ここが浄土の、なむあみだぶつ。

2014年5月14日
イラスト:nihhiイラスト:nihhi

浅原才市(1850-1932)は妙好人(みょうこうにん)を代表する人物とされています。妙好人とは、在家において浄土教を篤く信仰した念仏者のこと。才市さんは山陰地方の下駄職人だったそうです。

彼は言い切ります。「浄土は“ここ”だ」と。

びっくりしてしまいますよね。出家者のように特別な修行を積んだわけでもない、一介の市井の人間がこんな風に言ってしまうだなんて……。

その迫力に圧倒され、感心すると同時に、正直、どこか反発を覚えてしまう自分がいます。「“ここ”が浄土だなんて、信じられないよ。だってこの世界には、恐ろしいこと、おぞましいこと、許せないこと、たくさんあるじゃない。なにかを見なかったことにしているようにしか思えない。それって逃げなんじゃないの?」と。

でも、よくよく才市さんのことばを見ていると、彼は、ただ闇雲に「浄土は“ここ”だ」と言っているわけではなく、その発言のベースには、「なむあみだぶつ」がどっしりと横たわっていることがわかってきます。

才市さんは、また、こんなことばも残しています。

お慈悲も光明もみなひとつ。
才市もあみだもみなひとつ。
なむあみだぶつ。

彼の中では、すでに、「自分」も「阿弥陀さま」も「ひとつ」だったんです。「才市」は「あみだ」。「あみだ」は「才市」。「あみだ」のいらっしゃるところは、そのまま「浄土」。そういった状態においての「ここが浄土の、なむあみだぶつ。」なんですね。“ここ”を浄土と見るためには、まずは「自分」が変わらなければいけない……というか、「自分」ということばの指す意味、それ自体の根本的な変容が求められている、ということです。

才市さんの場合、念仏を日常的に称えることによって「みなひとつ」の境地に至ったようですが、でも、たとえば、「なむあみだぶつ」と、ある一定の回数以上称えれば、必ず、彼と同じところにたどり着けるのかと言ったら、話はそう単純なものでもなさそうで……。

それでも。少なくとも、「なむあみだぶつ」を称えることによって、まずは、いま、ここにいる、この「自分」の姿を照らし出すことはできるでしょう。そうやって、トライ・エラーを繰り返しながら、それでもまっすぐに「自分」というものを見つめなおし続けた先に、「ここが浄土の、なむあみだぶつ。」そんな世界が開けてくるのではないでしょうか。

「自分」を見つめなおす方法は、念仏以外にもたくさんあります。どんな方法を用いてもいいでしょう。とにかく、一番に見つめるべきは、いつだって、いま、ここの、この「自分」なのだと思います。「外側」のこと……たとえば「政治の情勢」や「この国の未来」のことを考えるのは、すべて、そのあとの話なのではないでしょうか。「自分」が変わることなしに、「世界」が変わることなど、ほんとうには、決してありえないのだから。

いまという時代を生きる上で、なんだかとても大切なことを教えてもらった気がするのです。

なむあみだぶつ。

「ほぼ週刊彼岸寺門前だより」2015年7月19日発行号より転載)