「原因」なんか、すべて後付け。

2016年11月10日

おはようございます。小出遥子です。

昨日の……15時ぐらいだったでしょうか。
私、急に、ほんとうに急に、
「理由のわからない怒り」
ってやつに襲われましてね。

ほんとうに、唐突だったんです。
もう、まったく理由なんてないのに、
急に、「はらわたが煮えくり返る」とはこのことか!
と妙に深く納得してしまうレベルの怒りが
私のもとにやってきて……。

びっくりしました。

で、びっくりしながら、
あれこれしたりしなかったりしているうちに、
その怒りは急激に冷めていって、
数分後には、まったく何事もなかったかのように
原稿に向かっていた私だったのですが……。

なんだったんだろう……。
「謎」です。

でもね、今回のこの「謎」事件で、
ひとつ大きな発見があったんです。

それは、
人間は、「謎」を「謎」のままにほうっておくことができない!
……ということ。

どうしても、「怒り」の原因を探してしまう自分がいたんです。

で、探せば探すだけいろんな原因は見つかるわけです。

大統領選挙が「なんの冗談か」と思うような経過を辿っているとか、
今週末〆切の仕事がぜんぜん終わっていないのにさらにやることが増えたとか、
玄関の電球が切れているのにカバーの外し方がわからないとか、
最近買った割とお高めの湯たんぽのフタがまったくうまく閉まらないとか(笑)。

でもね、その原因は、原因じゃないんです。

だって、「怒り」の方が先にあったから。

「怒り」というものが唐突に私のもとにやってきて、
それに対して「なんだこれは!」と岡本太郎のようにびっくりして、
「原因はいねえが~」となまはげのように探し回って、
「こいつか?」「いや、こいつか?」となんらかの事象をとっつかまえて、
「お前のせいだ~!」と言ってわめき散らす……。

これ、「いちゃもん」以外のなにものでもないですよね。

でも、もしかしたら、私たちって、
実はいつもこんなことをしているのかもしれないなって。

「怒り」や「悲しみ」の方が先に発現していて、
その原因を、後になって必死で探して、
「私の怒りストーリー」や
「私の悲しみストーリー」を
ごくごく勝手にでっちあげているだけなのでは……?

そのことに、昨日、「はっ!」と気づきまして……。
「私、このままでは単なるチンピラだわ!」と。

で、「怒り」を「怒り」のままに、
その原因を探すことをせずに、
つまりは「謎」は「謎」のままにほうっておく、
ということをしてみましたら、アラ不思議。
数分後には、あれほどの激しい感情が、
あとかたもなく、綺麗さっぱり消え失せてしまったのでした。

なんか……私、地味ながらも、結構大きな発見をしてしまった気が……。

すべての事象に、「原因」なんか、ない。
「原因」なんか、すべて後付け、でっちあげのストーリー。

うわわ……世紀の大発見や~!

「はあ? 嘘でしょ!」
と思う方は、実際に、自分の感情と原因の構造を観察してみてください。
とんでもない事実に気づくことになるかもしれないです……。

世界は不思議で満ちている……。

 

すっかり冷え込むようになりましたね。

よい一日をお過ごしください◎