【空也】市中これ道場

2014年5月14日
イラスト:nihhiイラスト:nihhi

空也上人は平安時代中期の人物です。口元から6体の仏さまを出現させた姿の像が有名ですね。お坊さんですが、生涯、どこの宗派にも属さず、「市聖(いちのひじり)」として、諸国を遊歴したと伝えられています。

冒頭に挙げたことばは、いかにも、そういった伝承を持つ、空也上人にふさわしいものと感じられます。

念仏をとなえているときだけが仏道修行じゃない。
坐禅を組んでいるときだけが仏道修行じゃない。
仏像や曼荼羅に手を合わせているときだけが仏道修行じゃない。

いま、ここで、いかに生きるか。
いま、ここで、いかに「仏」を体現していくか。

「市中」を「道場」として生きるかどうかは、いつだって、この瞬間の、自分自身にかかっているのでしょう。

ふいに、ベトナムの禅僧、ティク・ナット・ハンさんのこんなことばも思い出されました。

「涅槃への道はない、涅槃こそが道だから」

なんだか背筋がしゃんとしますね。

「南」「無」「阿」「弥」「陀」「仏」

「ほぼ週刊彼岸寺門前だより」2015年8月30日発行号より転載)