「透明な目」は「丹田」にあった!

2019年1月3日

 なにかが大きく動くときには、いいことも悪いことも同じだけ起こる。

 それはあたりまえのことだ。

 静かな池の水をかきまぜたら、奥にあるものも出てくるしまわりの空気も動く。底にあったドロドロがみんな浮かんでくるし、動いた空気の中には信じられないぐらい美しいものも見つけられる。それが落ち着いてまた水が澄んだ状態になったとき、池は前と全く同じ状態ではない。良くなったのでも悪くなったのでもない、ただ動いただけ。
 
 そんなことを考えながら、世界と私はいつものようにきらきらとした目でお互いを賞賛し合い、見つめ合っていた。

 そうそう、こっちが見ているだけじゃない。向こうも見ているんだ。

 その目はどこにあるかというと、天に大きな目が浮かんでいるっていうわけじゃない、

 なぜか私の中にあるのだ。

 私の中にあるもうひとつの目が、世界の側にとって力を取り入れる窓なのだ。だから私がどういうふうに世界を見るかを世界は見ている。

 そのことを昔の人はうまく言いようがなくて神様と呼んだんだなあ、そう思った。

 だからなるべく円満に、命に賞賛をこめて、今日も一日を生きる、私はそんなことを選んだのだ。この世の隅っこにあるこの小さな村で、ちっぽけだけど偉大なことを。

(『花のベッドでひるねして』 よしもとばなな=著 毎日新聞社=刊 より抜粋)

昨日、初詣に向かう道すがら、なんとなく体感を探っていたら、
Aメソッド(Aメディテーション)に関して、
ふいに、かなり大きな発見をしてしまい、
思わず「あああああ!!!」と叫んでしまいました。

(隣にいた夫はびっくりしたと思う。)

その発見というのは、

「透明な目」って、「丹田」にあったんだ……!!!

というもの。

これ、体感はずっとあったんです。
でも、ことばに落とし込めていなかったんです。

いやあ……びっくりしました。

と同時に、すべてがピタピタピタッとつながり、
ようやくAメソッドの全体像が明らかになったような……
そんな感覚に包まれました。

私、前々から、「丹田は宇宙そのもの」って言っていましたけれど、
その「宇宙」こそが、「透明な目」そのものだったとは……。

で、ここからが重要なポイント。

丹田(透明な目)から世界を眺めていると、
同時に、世界(透明な目)に見つめられている自分に気づくんです。

それは完全に「同時」で、しかも、そこに一切矛盾がないんです。

うーーーん。
これ、やっぱり、ことばにするのは難しいな。

でも、高い山ほど登りがいがある!(笑)

ってことで、今日からさっそく、ラジオ瞑想のガイダンスに、
この「視点」を取り入れてみようと思います。

10分トークでも、詳しく解説してみようと思います。
うまくお話しできる気がしませんが、なにごともチャレンジです!
ぜひ、お付き合いください。

ポイントは、「丹田」も、「透明な目」も、
世界に、宇宙に、ただ「ひとつ」だということ。
そこには一切の分離がないということ。

がんばって、ことばにしてみます。

ちなみに、私、2017年の秋にこんなブログを書いてました。
ご参考までに。

「私を生きながら、同時に私を見つめるいのち」の話

 

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