「さとり」すら忘れます

2019年1月21日

「ひとつ」って、一回思い出して終わりじゃないんですよ。「○○○○年×月△△大学卒業」みたいに、一生履歴書に書けるようなものじゃない。人間って忘れる生き物だからね。でもいいんだ。何度忘れても、何度でも思い出せばいい。おなかに意識をおさめるだけで、思い出せるのだから。

以前の私は、
『教えて、お坊さん!「さとり」ってなんですか』
という本を出してしまうほど(笑)熱心な「さとり」探求者でした。

私の中では、
本来的な「いのち」のあり方を思い出した人=さとった人
という定義で、「さとり」ということばを使っていました。

で、その本来的な「いのち」のあり方というのが、
まさしく、昨日書いた、

「ばらばらのままに、ひとつ」

というものなのですが……。

これって、一回思い出したら「合格!」っていうような話じゃないんですよ。
「はい、ゴール! お疲れさま! よく休んでね!」
みたいなことには、ざんねんながら、ならないんですね〜。

だって、人間は「忘れる」生き物だから。
本来的な「いのち」のあり方でさえ、
あたまに気がのぼると、コロッと忘れてしまうんですよ。

でも、大丈夫。
何度忘れても、何度でも思い出せばいいんです。

そう、ただ「思い出す」だけでいいんです。

「ない」ものを「ある」ものに変えていくのは難しいけれど、
「ある」ものを、ただ「あった!」と思い出すのは簡単です。

つまり「さとり」は簡単ですよ、ってこと!
(こんなこと言うと、また怒られるかな〜。笑)

やり方は……
TANDENメソッドを実践してくださっている方はおわかりですね?

吐く息とともに、あたまのてっぺんから、
「自分」という意識をゆっくりと下の方に降ろしていって、
おへその下(TANDEN)に意識をしっかりとおさめてしまったら、
そのまま、ただ、世界とともにあるという時間を過ごすこと。

そのとき生じてくる感覚こそが、「いのち」の感覚です。

思い出すことは、意外に簡単。
でも、忘れるたびに思い出す努力はしないとね。

一度思い出したからって、サボっちゃだめよ〜!(笑)

いや、まあ、忘れてもいいんですけれどね(どっちだ!)。
忘れていても、思い出していても、
「いのち」を生きていることに変わりはないのだから。

でもさ、どうせなら、
「いのち」の感覚を味わいながら生きたいじゃない。

たぶん、この「いのち」の感覚は、
生きているうち、肉体があるうちしか味わえないのだから。

何度も忘れて、何度でも思い出しましょう。
「いのち」の感覚を、味わい切ってしまいましょう。

 

今日もこのあと6時からラジオ瞑想生放送です。
瞑想初心者大歓迎! 登録不要、無料でご参加いただけます。

ラジオ瞑想でシェアしているTANDENメソッドによって、
こころとからだ、生活におもしろい変化が見られたよ、って方。
ツイッターやツイキャスで、ぜひぜひ、体験談をお寄せください。
疑問・質問もお待ちしています! お気軽にどうぞ◎

ツイッターでは#ラジオ瞑想#TANDENメソッドなどの
ハッシュタグを付けてくださいね。

ラジオ瞑想 毎朝6:00-6:30
https://ssl.twitcasting.tv/haruko_koide

早起きできないよ〜! って方には、録音もご用意しています。
ご参加お待ちしています!

※ラジオ瞑想参加者さんによる実践ブログはこちら!

といとうるんさんのブログ
「ラジオ瞑想◆実践日記」

灯ともしさんのブログ
「彼方に灯る」

蕪と海豚さんのブログ
「蕪と海豚」