どうせ救われているんだ

2019年1月26日

六道輪廻からの解脱って、天界、人間界、修羅界、畜生界、餓鬼界、地獄界、そのどこにも陥らなくなることじゃなくて、どこの世界に身を置いていても、それは自分という存在の本質ではない(そこに身を置いているのは、自分であって自分ではない)と気づくことなんじゃないのかな。

まあ、超平たく言えば、「生きる」ということは、天界、人間界、修羅界、畜生界、餓鬼界、地獄界ぜんぶ乗せの六色丼を食べるようなものだってこと(笑)。甘かろうが、しょっぱかろうが、辛かろうが、酸っぱかろうが、苦かろうが、どの味を食べたって別にオッケーなんだ。

じゃあ仏界はどこにあるの? 仏界は丼(うつわ)そのものです。丼は六つの味すべてを乗っけているけれど、どの味にも染まらない。でも、丼がなかったら、そもそもどの味も存在できないんだ。そんなイメージ。

「地獄」(穢土)の対極に「極楽」(浄土)があるわけじゃなくて、
「極楽」の中に「地獄(っぽいもの)」すら含め抱かれている。

こっちが「ほんとう」なんじゃないかなあ。

……というか、私はこっちの実感の中で生きています。

なんていうか、「どうせ救われているんだ」みたいな感覚が、
私という人間のベースに、静かに、そのぶん力強く、
ひと時も止まることなく、鳴り響き続けているんですね。

だから、どんなに地獄っぽい状況に置かれても、
どこか落ち着いて、ことの成り行きを見守っている。

どこまで行っても仏さまの手のひらの上。
それなら、安心して地獄を味わっていよう。

……みたいな感じですね。

いや、もちろん、「うわ、最悪!」とか「嫌だなあ……」とか思いますよ。
時には思いっきり暴れたり、泣き叫んだりもしますよ。

でも、苦い味、辛い味すら、「味わわせてもらっている」のだと、
そんな感覚が消えることはない。

私のおなか(TANDEN)にはいつだって仏さま(あるいは神さま)がいて、
そこから(文字通り「底から」)私を見守り、大きく包んでくれている。

だから、やっぱり、大丈夫なのだ、と。

強がりでもなんでもなく、ただ、そう感じるんです。

TANDENメソッド実践者の方々は、きっと、
この感覚、わかってくださるんじゃないかなあ……。

天界、人間界、どんと来い!
修羅界、畜生界、餓鬼界、上等だ!
地獄界? じっくり噛んで飲み下してやる!

私は、ほんとうはいつだって仏界にいるのだから。

うまかろうが、まずかろうが、
ぜんぶの味を、よーく噛んで味わい切って、
最後には「ごちそうさまでした!」と勢いよく丼を置いて、
満足感(満腹感)の中で、大いに笑って、死にたいな。

 

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