罰を当てる神仏なんて神仏じゃない

2019年2月6日

※2月11日までインドにおります。
その間のブログは日本にいるうちに予約投稿してあります。
よろしくお願いいたします◎

 

私が、私のおなか(TANDEN)の感覚に従って生きて、それで罰を当てるような神や仏なんか、正直、神でもないし仏でもないと思う。そんな罰当たりなことが平気で言えてしまうほど、私は、私とともにある神仏を信じている。いや、信じているっていうより、疑っていないって感じかな。

TANDEN(丹田)はSHIN-DEN(神殿)でありBUTSU-DEN(仏殿)です。
神さま、仏さまは、
私たちひとりひとりのおなか(TANDEN)に宿っています。

神仏とコンタクトが取りたいなら、
自分のおなか(TANDEN)の感覚を探ること。

神仏の意志に従って生きたいなら、
自分のおなか(TANDEN)の感覚に従うこと。

ものすごくシンプルなことです。

でも、ときに、神さま仏さまTANDENさま(笑)は、
自我的には「え!? マジっすか!?」と思うようなことを
平気で命じてくるので、戸惑うことも多いです。

「えーと、それをやると、恐ろしいことが起こる気がするんですけれど……」とか、
「いやあ……さすがにそれをやる勇気は、いまの自分にはないっすわ……」とか、
そんなふうに思うこともしょっちゅうです。

でもね、私、いい加減にわかっちゃったんですよね。
というより、いい加減、諦めがついた!(笑)

私にとって、TANDENの感覚、TANDENとともにある神仏の感覚は、
もはや、疑いようのないものなんだ、って。

だから、どんなに戸惑っても、怖気づいても、
最終的には「はい、やります!」と返事をして、
思いっきりバンジーを飛ぶことになる。

で、結果、バンジーを飛ぶ前よりも
さらに大きくひらけた世界を目撃することになる。

それが、たのしくてたまらないんです。
生きている心地がするんです。

究極、それでいのちを落としたって、
ぜったいに後悔しない自信すらある。
(肉体が死んでも「いのち」は残るからね)

まあ、あくまで私個人の趣味です(笑)。
万人にオススメできるものでは決してない。

でもね、ほんと、この生き方、たのしいんだ。
たのしいし、心強いんだ。

神仏は、いつだって人間のしあわせを祈っている。
大きな大きな透明な目で私たちを見て、
ひとりひとりに、ちゃんと「道」を整えてくれているんです。
導いていてくれるんです。

罰をあてるような神仏なんか、はっきり言って神仏じゃないです。
そんな神仏、こっちから願い下げです。

って、ちょっと過激かな?(笑)

そのぐらい、私は、私とともにある神さまを、仏さまを、
つまりはTANDENの意志を信じているっていうこと。

ううん、信じているなんて生ぬるいものじゃない。
そこに関してはまったく疑いがない。

だから、今日も宣言するんです。

「はい、やります!」って(笑)。

南無TANDEN仏

あなたに帰依します。
思し召すままに。

 

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