「“生かされている”のだから、“生きる”を、しよう」

2016年11月11日

おはようございます。小出遥子です。

先日、妙な夢を見ました。
自死を選ぶ夢です。

高い塔の、薄暗い螺旋階段を、私は、ひとりで上っていました。
目的はひとつ、自分の人生を終わらせるためです。

……と言っても、本人に悲壮感はまったくなく、
ただ、淡々と、なにを思うともなく、上っているだけなのでした。

やがて、塔の最上階に着きました。
大きな大きな窓枠の向こうには、
限りなく白に近い、薄明るいグレーの空が見えます。
外には、雪がちらついていました。

淡々と、なにを思うともなく、
石造りの窓枠に手をかけ、足をかけます。

ぐっとからだを乗り出し、大空へと飛び立とうとした、
その瞬間。

「あ、まだだ」と思ったのです。
「まだ、そのときじゃない」と。

強く思ったのです。

「私は、ひとりで生きているわけじゃない」
「“生かされている”のだから、“生きる”を、しよう」と……。

そうっと、窓枠からからだを離しました。

瞬間、さきほどまでは感じられなかった冷気が、
急激に全身を包みこんでいきました。

心臓が、どきどきいっていました。
呼吸が、乱れていました。

「生きている」と思いました。

……そんな夢。
はじめて見る夢でした。

でも、なんだかあまりにも生々しくて……
生涯忘れられない夢になるような気がしています。

人は、どんなに生きたくても、生きるときにしか生きられない。
どんなに死にたくても、死ぬときにしか死ぬことができない。

だって、私は、ひとりじゃないから。
ひとりで生きているわけじゃないから。

そのことが、理屈じゃなく、理解できたのでした。

「“生かされている”のだから、“生きる”を、しよう」

ほんとうに、ただ、それだけだな、と思うのです。

 

東京は冷たい雨が降っています。
みなさんの地域はいかがですか?

よい一日をお過ごしください◎