人の反応が気になる時は

2019年1月27日

「あたま(だけ)で考えたこと」を発信してしまったときは、人の反応がどうしても気になる。でも、「おなかで感じたこと」を丁寧にことばに置き換えて発信するときは、人の反応なんかまったく気にならないんだ。批判されても、賞賛されても、「ああ、そうですか」で終わり。

「感じた」ことは、しなやかだ。自分が「感じた」ことは、神や仏(と便宜上呼ばれているなにか)の思し召し。「感じた」ことを軸に生きれば、強くいられるな、と思う。(まあ弱くてもぜんぜんいいんだけど◎)

日々ブログを更新するとか、
ラジオ瞑想のあとに10分トークを配信するとか、
人前に立ってお話をさせていただくとか……

そういうことをしていると、よく、

「人の反応、気になりませんか?」

みたいなことを聞かれます。

その質問に対しては、

「気になるときと、気にならないときがあります」

っていうのが、いちばん正直な回答かな、と。

「どんな場面でも、まったく気になりません!」

って言い切れたらカッコいいんですけど、
ざんねんながら、実際には、そんなことはぜんぜんなくて。

どういう形態であれ、なんらかの発信をしたあとに、
どういうわけか、ど〜〜〜しても、
受け手側の反応が気になってしまうときってあるんです。

もちろん、公になにかを発信することを始めた当初に比べれば、
その度合いは格段に減りましたよ。
でも、それがゼロになることはないなあ……。

その一方で、かなり(数字的に)大きな仕事をしたあとでも、
受け手の反応がまっっっっっったく気にならないときもあって。

そこで遥子さん考えてみた。

私はどういうときに人の反応を気にして、
どういうときに、その思い煩いからフリーでいられるのか?

で、出た結論が、冒頭のものです。

あたま(だけ)で考えたことを発信したときは、
受け手の反応が気になる。

おなかで感じたことをそのまま発信したときは、
受け手の反応はまったく気にならない。

ポイントは、

「自分のおなか(TANDEN)にほんとうに正直でいたか」

それだけなんですよね。

自分さえ、自分のおなかの反応をしっかり見てあげることができたら、
他人の反応なんか、一切必要としなくなるんですよ。
だからまったく気にしなくなる。
批判されても、逆に賞賛されても淡々としている。

結局、大事なのは、
自分(のおなか、TANDEN)とのパートナーシップということですね。
そこさえうまくいっていれば、外側に過剰に反応を求めなくなる。

おもしろいものだなあ、と思います。

承認欲求が暴れまわっているときは、
他人にそれをぶつけるよりも、
まずは自分のTANDENの感覚を探ってみよう。
自分の本音をしっかり見てあげよう。

それだけで落ち着くものはあると思いますよ。

 

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