他力とは私が自力でしか生きていないことを私に知らせる力のことである

2019年5月5日

先日、京都に行ったとき、
真宗大谷派岡崎別院の前を通りかかったのですが、
掲示板にこんなことばが貼られていました。

他力とは
私が自力でしか
生きていないことを
私に知らせる
力のことである

「なるほど〜!」と深く頷きました。

ほんとうに、ほんとうに、そうなんですよね。

私という存在は、どこまで行っても自力でしか生きられない。
なぜなら、「私」それ自体が「自力」だから。

この、物心ついたときからある、
ポツンと分離した存在としての「私」という感覚。

この「私」という感覚が、
「私以外の他者」を生み出し、
「私以外の世界」を生み出す。

「私以外の他者」だらけの「世界」においては、
「私」は、「私の命」を、「私の力」で生きながらえさせなきゃいけない、と感じます。
「自力」のもとに、どうにかして、「私の命」を守らなくてはいけない、と。

だから、「私」という存在には、
常に強いプレッシャーがかかり続けています。

でもね、そんなある時、ふっと我に返ってみたら……

「私」が必死に頑張らなくても、
いのちは、いまここにあり続けて、
ただ、すべてを生かし続けているじゃないか……!

そんな気づきに、包まれるんです。

気づきの主体は、「私」ではありません。

「私」という「自力」以前に、ただある他力が、
気づき“そのもの”となって、
世界全体、宇宙全体に、
その事実を、知らせてくれるんです。

そのとき、幻想の「私」が崩れ去り……というより、
元々「私」なんか存在しなかったということに全体が気づき、
あとには他力だけが残ります。

ここで言う他力のことを、
浄土系仏教では「阿弥陀仏」とか「阿弥陀如来」とか呼ぶのでしょうし、
禅では「仏心」とか「本来の面目」とか「無為の真人」とか呼ぶのでしょうし、
真言密教では「大日如来」と呼ぶのでしょう。

(禅や真言密教では「他力」ということばは使わないですけれどね◎)

これらすべて、
TANDENメソッドで「TANDEN」と呼んでいるものと同一です。

仏教やTANDENメソッドは(さらっと同等の位置に並べた!笑)
「私」=「自力」を消すための道ではありません。
「ある」ものを「ない」ものに変えていくための道ではないんです。

そうではなくて、
「自力」はどこまで行っても「自力」でしかなく、
しかも、その「自力」は、実は、他力の中で生じているのだと……

そのことに全体が気づいたときに、
矛盾しているようですが、
「私」なんか、消そうとするまでもなく、
そもそも存在すらしていなかったのだと……

そんな気づきも、同時に、起こってくるのです。

うーん。朝からかなり抽象的なことを書いてしまった(笑)。
でも、書けてよかった。

最後にもう一回。ペタ。

他力とは
私が自力でしか
生きていないことを
私に知らせる
力のことである

「私」にとっては理解し難い内容だと思います。
というより、これ、「私」には絶対に理解できない内容なんです。

そうと知りつつ、自力チャレンジを続ける私(笑)。
人間って、ほんとうに、愛おしいですねえ。

今日のラジオ瞑想後の10分トークでも、補足説明してみます。

 

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