【親鸞】わがこころのよくて、ころさぬにはあらず。 また害せじとおもうとも、百人千人をころすこともあるべし。

2014年5月14日
イラスト:nihhiイラスト:nihhi

……ドキッとされた方も多いのではないでしょうか。これは『歎異抄』という書物におさめられた、親鸞聖人のことばです。

いままで誰かを殺したことがないのは、なにも自分の心が正しいからではない。縁によっては、誰かを殺めてしまうことだって十分に起きてくるだろう。また、「絶対に誰も傷付けない」と決意していたとしても、思いがけず、多くの人々を殺してしまうことだってあるだろう――

なんと冷静で、ほんとうの意味で公平な態度でしょうか。「殺す/殺さない」は究極のお話だとしても、自らの身をよくよく振り返ってみればみるほど、このことばが、深く、心に沁み渡ってくるような気がするのです。

私たちは、日々のひとつひとつの言動を、ほんとうに「自分で」選んでいるでしょうか? すべて「思い通り」に動けているでしょうか? どうしてもしたいと望んでいることが、どういうわけかできなかったり、逆に、絶対にしたくないのに、思わず身体がそのように動いてしまったり……。そういうことの連続なのが「人生」というものなのではないでしょうか。

もちろん、親鸞さん自身、傍若無人な振る舞いを積極的に肯定しているわけではないでしょう。しかしながら、縁の網目の中に生かされている限り、自分の思いと食い違うような行為をはたらくことだって必ず起きてくるのだ、と。それは避けることができないのだ、と。そこに人間という存在の悲しさがあるのだ、と……。そのことをおなかの深いところから理解できれば、必要以上に自他を責めることはなくなってくるのではないでしょうか。

ほんとうの慈悲、慈愛は、そこから生じてくるのだと思います。折に触れて、思い出したいことばです。

「ほぼ週刊彼岸寺門前だより」2016年6月19日発行号より転載)