すべての道はTANDEN(丹田)に通ず

2019年9月4日

「TANDENメソッド」から「TANDEN-DO(丹田道)」へと、
華麗なる改名(笑)を遂げて一夜が明けました。

私は、「道」ということばに、特別な思いを持っています。

どんな思い?

まずは、4年以上前に私が書いた、
こちらの記事をお読みください。

先日、夫とのメールのやり取りの中で、

「“仏教”というより、“仏道”と言い方の方が、実はしっくりくるよね」

という話題になったのですが、
(形而上の話題:形而下の話題=9:1な夫婦です……)
これ、本当なんです。

少なくとも、私の実感としては(というより、私の「関わり方」としては)、
「仏道」の方が、より正確なんですね。

「教え」というと、どうしても、
「誰かになにかを教えてもらう」とか「勉強するためのもの」という感じで、
“仏教”が自分の外側にあるもののように捉われてしまいがち。

だけど、ほんとうは、
“仏教”は自分と切り離したところには決して存在できないはずのもので。

ほんとうは、いま、ここ、すべてが、そっくりそのまま“仏”の世界なんですよね。

なにひとつとして、“仏”のあらわれでないものはないのだから。

そんな世界を、私たちは生きています。
意識しているにしろ、していないにしろ、それは事実なんです。

それならば、「教え」よりも「道」の方が正確でしょう。

「道はここにあって、その上を自分が歩いているわけだからね。一体となって」

「教えがあっても、ふーん、そうって感じになり得るけど、
道があったら歩くしかないじゃん。歩くのは自分だし」

とは夫とのメールのやりとりからの転載ですが
(あらためて、「すさまじい」夫婦ですね、我ながら……)
まさにその通りで。

意識するにしろ、しないにしろ、
いま、ここにある道は、すべて「仏道」なんですね。

「教え」という言葉は扱い注意ですね。

「自分事」として捉えてはじめて、“仏教”は「いのち」を持ちはじめます。

外側のものとして教えてもらったり、座学的に勉強したりしているうちは、
実はまだ、仏教のほんとうのところには触れていないよ、
と言わざるを得ない。

いや、最初のうちは、そういう関わり方でもぜんぜんいいんです。

でも、
決してそれがすべてじゃないよ、と。
ほんとうは、もっともっと、圧倒的な広がりをもったものなんだよ、と。
というか、文字通りすべてが“仏”なんだよ、と。

生意気にも言いたくなってしまうんですよね……。

あはは。ほんと生意気ですね~(笑)

「仏」と一体となって歩く道=「仏道」。

なんかね、もう、「道」でいいじゃない、と。
「教」をやめて「道」にしてしまおうよ、と。
そっちの方が、きっと誤解は少ないよ、と。

いや、いま現在そうなっていないということは、
きっと歴史的にその言葉を採用できない
なんらかの事情があるのでしょうけれど、

でも、私の実感としては、
「道」の方に圧倒的に軍配が上がるところなんですよね。

仏道。

ブッダの教えをありがたく拝受するだけでなく、
自らをブッダ(=目覚めたもの)として歩んでいく。
ブッダとしての自分が歩んだ道が、
そのままイコールで「仏道」になる。

キリスト道。

キリストの教えを忠実に守るだけではなく、
自らをキリスト(=救世主)として生きていく。
キリストとしての自分が歩んだ道が、
そのままイコールで「キリスト道」になる。

「仏道」や「キリスト道」は、
そのままイコールで、「自分道」になります。

この「自分」っていうのは、
個別の肉体に閉じ込められた個別の意識、
たとえば「小出遥子」のことではありません。

「小出遥子」の意識が消えたときに現れ出てくる、
全世界をそのまま自分とする「自分」のことです。

その「自分」は、もはや「仏」だし、「神」にほかなりませんよね。

それこそが、ほんとうのところなんじゃないのかな、と。

そんなことを思う昨今です。

(2015年4月12日のブログ記事「仏道、キリスト道」より転載)

すべての道は、本来的な「自分」に通ず。

そして、ここで言う「自分」というのは、
そのままイコールで「TANDEN(丹田)」のことです。

つまり、
すべての道は「TANDEN」に通ず、ってこと。

おなかにこころをおさめて、
本来的な「いのち」の姿を体感・体現していくこと。

それが、TANDEN-DO(丹田道)の真髄です。

あたまで考える「神」や「仏」や「愛」や「いのち」の姿は、
この世に存在する人の数だけあるけれど、
おなかで感じるそれらの姿は、
同じ「ひとつ」のものであると確信しています。

これは昨日のブログに書いたことですが、
ほんとうにほんとうのことだと思うんですね。

おなかにこころをおさめるための方法はたくさんあります。

仏教がヒントになる人もいれば、
キリスト教がヒントになる人もいるし、
イスラム教がヒントになる人もいる。

宗教以外のさまざまなプラクティスを実践していく中で、
不意に、こころがおなかにおさまる感覚を体得する人もいるでしょう。

なにも特別な修行を積まなくても、
日常の仕事や家事の中で気づいていく人もたくさんいるでしょう。

その意味で、道は無数にあるんです。

でも、いったん、こころがおなかにおさまってしまえば、
それぞれの道の「違い」は消滅してしまう。

すべての道が、いのちの名のもとに、
ばらばらのままに、「ひとつ」のものとなっていくんです。

真にいのちを生きることが、
そのまま道になっていくんです。

あたまじゃなく、おなかで、
思考じゃなく、感覚で、
神を、仏を、愛を、宇宙を、いのちを、
ただ、感じていくこと。

教えを信じるのではなくて、
道を愚直に歩んでいくこと。

その姿をもって、
「ひとつ」を、体感、体現していくこと。

TANDENは、「ひとつ」です。

すべての道はTANDENに通ず。

このことばの意味が、理屈を超えて理解されたとき、
真の「平和」が、始まっていくのでしょう。

「世界平和」を、絵空事にしないために。
まずは、こころを、おなかにおさめよう。

やるしかないんです。

 

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