ゆるしかた

2014年5月21日

どうしてもゆるせない人がいた。

 

普段は忘れていても、ふとした折に、「あの人さえいなければ、私の人生もっと違っていたかもしれないのに」なんて思いが頭をもたげてきて、私を悪意でいっぱいにした。

悪意は体の中だけにとどまらず、周囲にまでじわじわと漏れ出て、たくさんの人を傷つけ、再び私に戻ってきた。

そして、そのあと必ず、そんな自分が嫌いになった。

そんなことを何年間も繰り返し続けていた。

苦しかった。いい加減、うんざりしていた。

 

あるとき、私にこんなことを言ってくれる女性が現れた。

 

「その人はもう幸せなんだって思いこんでみたら? その人は幸せです、もう十分に幸せです! って決めちゃえばいいのよ。まずはそう口に出してみたら?」

 

……びっくりしてしまった。

 

自分を不幸にした相手の幸せを思う……? そんなことできっこないよ! なんでそんなことしなきゃいけないの!? 冗談じゃない!

 

そんな風に反発したのは一瞬だった。

 

彼女のあっけらかんとした明るい笑顔を見ていたら、頑なになっていた私の心に、ひとすじの光の亀裂が走った。

それと同時に、遠くの方から「チリ……」と、かすかだけれど、なにやらとてつもなく心地よい音が響いてきた。

 

やってみよう、と思った。

 

思い切って口を開いたはいいけれど、最初はまったく声が出てこなかった。

私の声は意思を持って「出て行くまい」としているようだった。

唇は震え、口の中は渇き、舌はもつれてからまった。

何度も深呼吸をして、絞り出すようにして……

 

「あの人は、もう、幸せです。幸せに、生きて、います。」

 

ああ、言えた……

よかった……

 

そう思うやいなや、眉間の奥のある一点が、焦げつくほどに熱くなった。

 

ぎゅっと目をつぶって、その人が幸せそうに笑っている姿を思い浮かべてみた。

そしてもう一度だけつぶやいてみた。

 

「あの人は、もう、幸せになっています。もう、大丈夫です……」

 

もう大丈夫です、の言葉は口をついて出た。

と同時に、涙がこぼれた。

一粒こぼしてしまうと、もう止まらなかった。

 

その涙は、安堵の涙だった。

そして、「ゆるし」の涙だった。

 

相手をゆるす気持ち以上に、自分をゆるす気持ちが、自分を癒した。

自分は、もう、自分のことをゆるしていいのだと思った。

解放されても、いいのだと思った。

 

相手の幸せを思うこと。

それが自分を解放する唯一の手段だったなんて。

 

そのときまで私は、誰かから悪意を向けられたときには、その相手に対して悪意を返すことしか知らなかった。

 

「あの人があのままで生きていけるわけがない!」

「だって私は悪くないんだし!」

「ぜったいバチがあたるよ!」

「どん底に落ちちゃえ!」

「私が味わった苦しみをおんなじだけ味わえばいい!」

 

そんな思考を、なかば意地になって働かせて、その人が不幸になる様子を頭の中で思い描いては、溜飲を下げているような醜い自分がずっといた。

それでも、その「溜飲」は下がりきっていなかったのだ。

むしろ、そんな想像をすればするほど、毒は溜まっていったのだ。

溜まりに溜まって、致死量まであと少し……

もう、限界だった。

 

不幸にもすれ違うことしかできなかった人、その人の幸せを祈ること。

 

それをはじめて自分に許可した瞬間、本当は、私は、相手の不幸を祈るよりも、幸せを祈りたかったのだと気がついたのだった。

私は、多分、ずっと自分を責めていたのだ。

「私のせいで、あの人は不幸になってしまった……」

そんなストーリーを自分の頭の中で作り上げて、苦くてまずくて吐き出したいのに、いつまでもいつまでも噛みしめ、飲み込み、反芻していた。

「あの人を不幸にしたのは私。そんな私が幸せになれるわけがない。」

そんな信念を、後生大事に持ち歩いていたのだ。

 

相手が不幸になっている姿を思い浮かべて、一番傷ついていたのは、実は自分だったのだ。

相手の不幸は、そのまま自分の不幸だったのだ。

 

相手の幸せを祈ることは、そのまま自分の幸せを祈ること。

相手の幸せを「決める」ことは、自分が幸せであることを「決める」こと。

 

大好きだったからこそ大嫌いになった、愛し合っていたからこそ憎しみ合うことになったその相手が、

私の頭の中で、幸せそうに笑ってくれた瞬間。

 

「もう、自由になっていいんだよ」

 

そんな声が、はっきりと聴こえたのだった。

 

私は、その人が幸せであることを「決めてしまう」ことによって、相手を「ゆるし」、同時に自分を「ゆるす」ことができたのだと思う。

 

こんな方法があったなんて。

 

 

 

 

 

「ゆるす」ことの意味が、ほんの少しだけわかったような気がしたのだった。

本当に、ほんの少しだけだけど。