「今日も機嫌良くやんなさいよ」

2014年5月26日

タイトルは、映画『マザーウォーター』の中の、マコトおばさんのセリフ。いつだって機嫌良くいられるって、人間として最高のことだと思うのだが、機嫌良くいる秘訣は、機嫌良くいることを「選ぶ」ことなのだと、最近身にしみて実感している。

 

機嫌の良し悪しは、いつだって自分で選択できる。いま、この瞬間にも選択できる。これ、意外に知られていないけど、事実なんですよ……!(って私誰だ!)

 

「おいしいものを食べたから」「欲しかったものが買えたから」「いい天気の日に洗濯物を干せたから」「恋人がいつも以上にやさしかったから」……だから機嫌がいいのは当たり前。当たり前? そうかもしれない。だけど、機嫌が良くなるのはそんな時だけ、っていうのは、ちょっとつまらないなあ、と思うのだ。

 

「注文した料理がおいしくなかったから」「欲しかったものが売切れだったから」「せっかく干した洗濯物が雨に濡れたから」「恋人と喧嘩したから」……だから不機嫌になるのも当たり前。……当たり前? 本当に? いや、本当は、そんなときでも「機嫌良く」いることはできるのだ。なかなか難しく感じられるかもしれないが、決して不可能なことではない。

 

たとえば形から入る方法がある。心と身体はめちゃめちゃわかりやすくリンクしているから。「機嫌良く」いることを決めたら、背筋を伸ばして、おなかから深く息を吐いて、すっと吸って、無理やりにでもにっこり微笑む。それだけで視野は広がる。心は落ち着く。機嫌は上を向く。単純なものだ。

 

「おいしいもの」とか「欲しいもの」とか「天気の良し悪し」とか「恋人の行動」とかは、全部自分の外側にあるもの。偶発的にやってきたもの。それらにいちいち自動反応して、自分の機嫌を無意識のうちに決めてしまうのは、なんというか、すごく人任せだし、疲れる一方なんじゃないかなあ、と思うのだ。

 

本当は外側の条件には関係なく、いま、ここで、機嫌良く生きていける道を選ぶこともできる。なのにそれをしないのは、機嫌を悪くしていたら、いつか誰かが助けてくれるのではないかって甘えているから。赤ん坊と一緒だ。自分の気分に、もっと言えば人生に、責任を持ちたくないのですね。でも実際、機嫌悪くスネ続けている人間を助けるほど、みんな暇ではないのだ。これね、自分の来し方を省みて書いてるんですけど、本当ですよ……。いい歳した大人がすべてを外側のせいにしてスネちゃまになったところで、いいことなんかひとつもないんですよ……。あの頃、だーれも助けてなんかくれなかったですよ……(涙)

 

誰も助けてくれないのなら、いま、ここで、機嫌良くいられるように、自分で工夫するしかないのだ。その覚悟ができた人から、機嫌の良い人生を送れるようになるのだと思う。本当はめちゃめちゃ単純な話なのだと思う。

 

機嫌良くいるのは簡単なことだ。そう決めてしまうだけでいいのだから。

 

 

 

さて、月曜日。今日からまた一週間、機嫌良くやっていきましょう!