観音三十三応現身

2014年5月30日

さんじゅうさん‐じん 〔サンジフサン‐〕 【三十三身】

 

観世音が衆生を救うため、場合に応じて変化する33の姿。法華経普門品(ふもんぼん)に基づく。仏・辟支仏(びゃくしぶつ)・声聞(しょうもん)・梵王・帝釈(たいしゃく)・自在天・大自在天・天大将軍・毘沙門・小王・長者・居士(こじ)・宰官・婆羅門・比丘(びく)・比丘尼・優婆塞(うばそく)・優婆夷(うばい)・長者婦女・居士婦女・宰官婦女・婆羅門婦女・童男・童女・天・竜・夜叉(やしゃ)・乾闥婆(けんだつば)・阿修羅・迦楼羅(かるら)・緊那羅(きんなら)・摩羅迦(まごらか)・執金剛。

(デジタル大辞泉より)

 

 

 

奈良県は桜井市の長谷寺というお寺に、巨大で美しい観音さまがいらっしゃる。私はそのお方が大好きなのだが(大好きな仏だらけですね、私……)その方のお立ちになっている場所の周りの壁には、三十三の、人間のような、動物のような、怪物のような……そんなよくわからないものたちが描かれている。それらはすべて、その美しい観音さまの化身であるらしい。その話を最初に聞いたとき、私は、正直、「げげー、まじかよー……」なんて思ってしまった。だってさっきも書いたみたいに、その三十三人(というべきか……)の中には、明らかに「ばけもの」も混ざっているのだ。お慈悲に溢れたやさしい観音さまのお姿と、鬼の形相をしたおどろおどろしいそれらの本体が一緒だなんて、にわかには信じられなかった。というか信じたくなかった。でも、あるとき、ふと思ったのだ。「ああ、あの三十三人が全員観音さまっていうのは本当のことだ。だって、あの人さえも、私の観音さまだったのだから……」と。

 

「あの人」っていうのは、私が新卒で入って1年と2か月で逃げ出した、とある編集プロダクションの先輩だった。Kさんという、当時アラサーの、化粧の濃い、ヘビースモーカーで、コーヒー中毒で、めちゃめちゃ香水臭い、肌の荒れた女性。でも、綺麗な人だった。そして仕事のできる人だった。私はその人にかなりイジメられたのだった。まあいま思えば私が仕事というものをありとあらゆる意味でなめきっていたからイジメられていたわけだが(というか本気でムカつかれていたのだと思う……)当時は自分が仕事をなめているだなんて、本人はまーーーったく気づいていなくて(アホですね)、なんでこんな仕打ちを受けなきゃいけないのか、全然わかんなかった。わかんなくて、反省もせずに、ただただしがみついて、それがまたKさんの疳に触って、さらに激しくイジメられて……悪循環につぐ悪循環。まあそれにしたってKさんはヒドかったとは思いますけどね。パワハラで訴えたら確実に勝てるでしょうね! 面倒だからしないけどね!

 

仕打ちの具体例を挙げましょうか……。

 

【そのいち】私が徹夜で描いたページのラフ案を持っていく。→Kさんはそれを、まったく、一切、ひと目だって見ることもせずにぐっちゃぐちゃに丸めてポーンと後ろに投げる。→私、ショックで鼻血を噴き出す……。

 

こんなことは日常茶飯事。私が辞める2か月前には下記のようなことも。

 

【そのに】Kさんご出勤。自分の席につく前に私の背後に立つ。私、びくびくしながら挨拶をする。「お、おはようございます……」→Kさんは挨拶を返すこともせず、いや、挨拶代わりに(?)こんなことを言う。「あなたは一体いつ辞めるのかしら?」→私、ショックで鼻血を噴き出す……。

 

……ああ、思い出すだけで鼻血が噴き出して止まらなくなりそうだ。実際、当時、本当に鼻血が止まらなくて(完全にストレス病です)、いつだってティッシュで鼻を抑えながら仕事をしていた。ラフやゲラはいつだって血だらけだった。いつだって貧血気味でふらふらしていた。いつだって頭がぼうっとしていた。いま思えば、体が逃げているんだから無理なんかすることなかったのだが、意地になってやり続けていたのだ。なんで意地になっていたんだろう。そもそもその仕事は明らかに私に向いていなかったのに。だって、編集っていうのは、頭の回転が早くて、複数の仕事を同時に進められて、それでいてコミュニケーション能力の塊で、意志が強くて、とっさの判断力にも優れていて、ハートは熱いのにいつだって冷静で……っていう、全方位的な人間に向いている仕事なのだ。私とまるで真逆じゃないですか……。いや、どんな仕事だって、ちゃんと覚悟を持って腰を据えて取り組めば、ある程度はできるようになるとは思いますよ。でもね、やっぱり、適性ってもんはあると思うのですよ。私には、悲しいことに、その適性がなかったのだ。もう本当に笑っちゃうぐらい、「まるで」なかったのだ。当時これっぽちもそれに気づけなかったのが、本当に悲しいことなのだけれど。妙な意地と無駄なプライドが、私の目を曇らせていたのだった。

 

止まらない鼻血に加え、大学生の頃にやった十二指腸潰瘍をぶり返して三日間寝込んで動けなくなった時、ようやく仕事から離れる(というか逃げる)決意ができたわけだが、次になにをして生きていくべきか、その頃の私にはまったく見えていなかった。また編集をやるのは、怖かった。本は大好きだったし、これからも何らかの形で関わっていきたいとは思っていた。でも、もうあんな思いはしたくなかった。というか「編集」という言葉を聞くだけで鼻血が出てみぞおちの奥が痛むような体で、できるわけがなかった。

 

あーーー、私、これからどうしよう……と思いながらふらふらふらふらしていたある日のこと。元同期の子から「小出さんが作った本、増刷かかったって!」との連絡が入った。私は編プロ時代に、5冊ほど本を作ったのだが、そのうちの1冊だった。その1冊というのが、ほとんどライターさんを立てずに、自分で原稿を書いたものだったのだ。そこで思い出した。「Kさんは基本的に私の仕事を全部けなしていたけど、文章に関してだけは何も言わなかったな……。」そう、文章に関してだけは、Kさんは、私をけなさなかったのだ。いや、褒めもしなかったのだが、少なくともけなしはしなかった。「Kさんに認められていたのって、文章のことだけなんだな……。」

 

……。

……。

……。

 

「文章、書いてみようかな……。」

 

光が、見えた気がした。

 

そこから私が本格的に文章を書き始めるまでには、まだしばらくの時間が必要だったのだが(意気地がなかったのだ)、それでも、いま、私は、3時起きが苦にならないほどに文章の世界に没頭している。本当に未熟だけれど、自分の書いたものに嫌気が差すこともあるけれど、それでも書くことは楽しい。苦しいけれど、楽しい。そう、楽しい。楽しいのだ。

 

腰を据えて文章というものと向き合い始めて数か月が経った頃だった。いつものように早起きをして、朝日が差し込む部屋の中で、ひとり黙々とPCに向かっているとき。私は、ふいに、とてつもない幸福感に包まれたのだった。自分がいま、思う存分に好きなことをやらせていただいていること。文章の世界を、選ばせてもらったこと。そこで楽しくも、自分なりにきちんと責任感をもって、遊ばせていただいていること--

 

ああ、そうか。これってぜんぶ、Kさんのおかげなんだ――

 

Kさんの顔を、はじめて、憎しみを伴わずに思い返すことができた瞬間、私は、思わず、両手を合わせてつぶやきたくなった。

 

Kさん。ありがとう。あなたのおかげで、私は、いま、書くしあわせを味わっています。すべては、あなたのおかげです。ありがとうございます――

 

それは祝福の瞬間だった。

 

鼻血を出しながらページを作っていたときには、Kさんは鬼にしか見えなかった。ばけものでしかないと思っていた。でも、いまなら言える。

Kさんは、私の観音さまだったんだと。

 

おめでたい考え方だと笑われるかもしれない。それでも言う。

 

「出会う人、みんなが仏さまって、本当だよ。」

 

三十三は、イコール、無限。この世に存在する人はすべて、きっと、ひとり残らず、仏さまの化身なのだ。

 

そして、出会う人を仏さまにするのは、いまの自分しかいないのだ。いまの自分が生を謳歌してはじめて、出会った人すべてを仏さまにできるのだ。

 

 

 

 

南無観世音菩薩。