生命(いのち)は

2014年6月2日

生命は

吉野弘

 

生命は

自分自身だけでは完結できないように

つくられているらしい

花も

めしべとおしべが揃っているだけでは

不充分で

虫や風が訪れて

めしべとおしべを仲立ちする

生命は

その中に欠如を抱き

それを他者から満たしてもらうのだ

世界は多分

他者の総和

 

しかし

互いに

欠如を満たすなどとは

知りもせず

知らされもせず

ばらまかれている者同士

無関心でいられる間柄

ときに

うとましく思うことさえも許されている間柄

そのように

世界がゆるやかに構成されているのは

なぜ?

 

花が咲いている

すぐ近くまで

虻の姿をした他者が

光をまとって飛んできている

 

私も あるとき

誰かのための虻だったろう

 

あなたも あるとき

私のための風だったかもしれない

 

(『吉野弘詩集』ハルキ文庫より)

 

 

 

これほどまでに、やさしく、うつくしく、正確に、この世界の成り立ちを表現した詩を、私はほかに知らない。作者である吉野弘さんは、今年の1月に87歳でお亡くなりになった。生涯に一篇でもこんなものを生み出すことができたのなら、もうそれだけで……なんて、未熟で我欲にまみれた私なんかは思ってしまう。完璧な言葉たちだ。

 

いや、しかし、まったくもって、世界はゆるやかに構成されている。地球の裏側で蝶が羽ばたいたことがきっかけとなって、いまここで竜巻が起こった―― なんていうたとえ話は昔からよく聞くが、私自身、この世界で起こることすべて、本当はまったく厳密じゃなくて、因果関係なんてものを軽く飛び越えた「ゆるやか」なところにあるのだと思っている。いや、ほとんど確信している。

 

確信のきっかけは、今年の春、数年来心密かに思い続けていたある願いが、まったく予想もつかないような、ものすごくカオティックな叶い方で、私のもとにやってきてくれたこと。そこに因果関係なんてものを見出すことは「一切」できず、時空がねじれてねじれてねじれまくって最終的に消滅してしまったような、というか最初から時間なんてものは存在していなかったような、そうでないと説明ができないような、いや、もう、説明そのものが不可能になってしまったような、説明しようと思うことすらおこがましいような、「そうなりました」と言うことしかもはやできないような、とにかく、もう、まったくもって、「わっけわっからーん!」(でもうれしい!)な叶い方だったのだ。

 

「時間などない」「すべては同時」って、こういうことか――!

 

圧倒的な歓喜と混乱の渦の中で、「色即是空」の、「即」の一字で表現される世界を、瞬間、垣間見た気がしたものだった。

 

あのとき自分がああしたからいまの自分がこうなっている、とか、あの人があんなことをしたから私はいまこんな羽目に……とか、私たちはいつだって因果の物語の中を生きている。でもそれは自分が作り出した「ストーリー」でしかないのだ。善も悪も清も濁も真も偽も美も醜もない、それゆえにすべてがある、そんな混沌の世界から、自分勝手にストーリーを見出して、自分勝手に泣いたり笑ったり……。それが私たちという生命だ。

 

この世界には、本当は全部がある。いや、そもそも全部がない。全部がないからこそ、全部がある。時間などない、「いま」「ここ」「即」の世界。本当は、私たちはみな等しく、そんな世界を生きている。

 

本当は誰のせいでもない。何のせいでもない。事は起こるように起きたのだ。そしてこれからも起き続けていくのだ。「即」の世界には、人間が頭で理解できるような「ストーリー」は存在しない。「そうなりました」が存在するだけ。

 

なのに、私たちは、「ストーリー」を生きることを止められない。自分勝手に因果関係を見出して、相手のせいにして手厳しく糾弾してみたり、自分のせいだと立ち直れないほどに落ち込んでみたり……。

 

しかし、それすら、「ゆるされている」のは……。

 

私はそこに、この世界を作ったなんらかの意志……神や仏と呼ばれる存在の、圧倒的な愛を感じるのだ。

 

「ゆるされて」生きている。「ゆるされて」存在している。「ゆるされて」怒り、嘆き、悲しみ、笑っている。「ゆるされて」うとましく思い合ったり、憎しみ合ったり、笑い合ったり、抱き合ったり……

 

そうやって生まれたすべてが、いつか誰かのための「虻」や「風」となって……

 

自分の行動や感情の行方を、私たち自身は決して知ることができない。

(「知りもせず」「知らされもせず」)

それでも、いつだって「完璧」なところへと運ばれていく。

 

因果関係を飛び越えたところにある、圧倒的なストーリー。

 

愛ってきっと、こういうことなのだ。

 

 

 

吉野さん。この詩を遺してくださって、ありがとうございました。