死なない、ということ。

2014年6月6日

「死んだら、死んだのよ。このりすは、そのうち土になるでしょ。やがて、そのからだの上に木がはえて、あたらしいりすたちが、その枝の上ではねまわるわ。それでもあんたは、かなしいことだと思う?」

「たぶん、そうは思わないだろうけど」

といって、ムーミントロールは、鼻をかみました。

(トーベ・ヤンソン著、山室静訳『ムーミン谷の冬』講談社文庫 より)

 

 

 

今年も雨の季節がやってきた。雨をうっとうしいだけのものと思わなくなったのはいつの頃からか。子どもの頃は、雨は完全なる「敵」だった。歳を重ねるにしたがって、人生から少しずつ「敵」が消えていくのなら、それはきっと、生き方として間違ってはいないのだろう。「敵」なんてものは自分が勝手に作り出した幻想にすぎないからだ。

 

昨日の午後のこと。濡れた地面から舞い上る、つんとしたような、それでいてぼわんとしたような、なんとも独特な匂いを鼻の奥の粘膜に感じながら、私はふいに、数年前の出来事を思い出した。あれは夢なんかじゃなかった。いまでもそう思う。

 

 

 

先日書いた、私の大好きな弥勒さまのいらっしゃる京都太秦の広隆寺から、徒歩で20分ほど行った花園という地区に、法金剛院という小さなお寺がある。ここは「花園」の名の通り、花のお寺として有名で、境内には蓮を中心としたありとあらゆる種類の花木が植えられていて、季節ごとに色彩に溢れた光景を楽しめるのだった。私は過去数回、このお寺を訪れている。最後にお参りしたのは、ちょうど今日のような、激しい雨の降りしきる日だった。

 

法金剛院の仏殿には丈六(お釈迦さまの等身大。坐像で3メートル弱)の阿弥陀さまがいらっしゃる。そこは靴を脱いで上がるようになっていて、畳に直に腰をおろして、その巨大で美しい阿弥陀さまと対峙することになる。

 

その日、どうも私は疲れていたらしい。降りしきる雨が地面を打つ音だけが響く、人気のない仏殿で正座をして、心静かに阿弥陀さまと向き合って数分、私は、どうしたってまぶたが下りてきてしまう自分を発見したのだった。抗いがたい眠気だった。どうしよう、眠い……。せっかく大好きな阿弥陀さまの前にいるのに、寝ちゃうなんてもったいないし、失礼だ……。でも、どうしたって、あまりにも、眠い……。まあ、いいや、たまにはこんなこともあっても……。阿弥陀さまもゆるしてくれるでしょう……。ちょっとだけ休ませてもらおう……。阿弥陀さま、失礼します……。正座の姿勢のまま、本格的に目を閉じ、うつらうつらし始めて、どのぐらいが経った頃だったのだろう。

 

ふいに、閉ざしたまぶたの向こうが、まぶしく光り始めたような気がした。え……? と思っているうちに、私は一気に仏殿の外に出ており、降りしきる雨と一体化していた。自分が、雨、そのものとなっていたのである。そこに「小出遥子」という人格は存在していなかった。私は、雨だった。雨、そのものだった。

 

雨の一粒一粒となり、まったく自然なものとして空を駆け、木を打ち、葉を打ち、地をうち、しみこみ、植物の根に吸われ、茎を通って葉の一枚一枚に行き渡り、花を咲かせ、やがて……

 

そこで、「はっ」と目を覚ました。

 

私は、またもとの「小出遥子」の肉体に戻っていた。静かな仏殿で、正座をして、阿弥陀さまと向き合っていた。雨の音が、聴こえた。自分とは、別の存在のものとして、聴こえた。肉体が、やけに重く感じた。手が、足が、頭が、自分のものとしてあることが、不思議だった。

 

いまのは、夢……? 問いかけても、阿弥陀さまは答えてはくれなかった。夢にしては、やけにリアルだった。私は確かに、雨となって、土となって、花となった。いや、正確に言えば、この世のすべてになった。「すべて」の表れとしての、雨、土、花……。それらはまったくもって「別個」のものではなかった。一切が、分かたれていなかった。「分離」の対極にある世界を、垣間見てしまったのだ。

 

夢なんかじゃなかったのだと思っている。むしろ、いま生きている、この「現実」こそが、夢なんじゃなかろうか、なんてことも思ったりする。

 

分離のない世界は、あまりにも自然で、あまりにも広大で、あまりにも抵抗がなく、あまりにも……やさしかったのだ。

 

そのすべてが、あまりにも、「本当」だったのだ。

 

 

 

阿弥陀如来の別名は「無量寿如来」。直訳すれば、「無限のいのちを持つ如来」ということだ。私はそのときまで、「ふーん、阿弥陀さまってめっちゃ長生きなんだね~」ぐらいにしか思っていなかった。阿弥陀さまという、自分とは別個の存在がいると思っていたのである。その存在「が」無限のいのちを持っている、と。無限のいのちを生きる主体は、「阿弥陀さま」という、「自分ではない」存在なのだと、そう思っていたのである。

 

でも、それはまったくの勘違いだった。

 

無限のいのちを生きているのは、私自身だった。いや、生きとし生けるもの……この世に存るすべてが、無限の「いのち」を生きていた。

 

というか、無限のいのち、そのものだった。常に形を変えて、循環していくいのち。私たちは、それ、そのものなのだった。

 

「形」としての寿命はあるかもしれない。人間だったら、肉体の終了をもって、「死」を迎えた、ということになるのだろう。しかし、「いのち」そのものに寿命はない。私たちは何度でも形を変えて、いま、ここに、あり続ける。まさに「無量」の「寿命」。私たちはみな、それを生きているのだ。

 

いや、無限の「いのち」が、私たちを生きているのだ。阿弥陀さまが、私たちを生きているのだ。

 

阿弥陀さまは、私たち、そのものだったのだ。

 

 

 

「死んだら、死んだのよ。このりすは、そのうち土になるでしょ。やがて、そのからだの上に木がはえて、あたらしいりすたちが、その枝の上ではねまわるわ。それでもあんたは、かなしいことだと思う?」

「たぶん、そうは思わないだろうけど」

といって、小出遥子は、鼻をかみました。

 

 

 

南無無量寿如来。