「おなら」と「さとり」の関係について

2016年11月20日

おはようございます。小出遥子です。

私には子どもはいませんが、子ども全般は、好きです。
なぜなら、見ていて面白いから(笑)。
あんなに興味深い生きものはない!

先日も、友人の赤ちゃんを見ていたら、
その子、いきなり「ブー」っておならをしましてね、
で、自分のおならの音と振動(?)に驚いて、
さっきまでニコニコ笑っていたのに、突如ギャン泣きですよ。
でも、1分後にはぴたっと泣きやんで、
次の瞬間には、まるで何事もなかったかのようにニコニコ笑って……。

その様子に私が爆笑だったのですが。

いやあ……赤ちゃんって、すごい。
彼ら、ほんとうに「いま」を生きているなあ、と思います。

それは、彼らには、「自分がなにかをしている」という意識が
ほとんどないからなんじゃないかな、って。

そうでなかったら、自分のおならに驚いて
ギャン泣きなんかできないですよね(笑)。

彼らにとって、おならは「出す」ものではなく、
どうしようもなく「出る」ものであって(笑)
そこには「行為者としての自分」という意識がないのでしょう。

大人だったらこうはいきませんよ。
おならが出たら「自分がしちゃった」と思うし(笑)
「自分がしちゃった」ことに「責任」を感じるし、
ときにはそれを一生のトラウマに変えてしまうことだって起きてくる。
「あのときの一発のおならが私の人生狂わせた……」って。

世界は、ほんとうは、
自分が笑って、自分がおならして、自分が泣いて、また自分が笑って……
という風になっているわけじゃない。

ほんとうは、
ただ、笑うということが起きて、ただ、おならが出るということが起きて、
ただ、泣くということが起きて、ただ、笑うということが起きて……
それだけなのかもしれない。

すべてにおいて「行為者」のいない世界が、
そのまま「さとり」の世界なのかもしれない……。

そんなことを思っています。

……はっ!

「さとり」と言えば……

『教えて、お坊さん! 「さとり」ってなんですか』 好評発売中です!(笑)

どうぞよろしくお願いします。

(結局宣伝! だって売れて欲しいのだもの!笑)

 

よい一日をお過ごしください◎