南無アンパンマン菩薩

2014年6月26日

【無財の七施】

 

1.眼施(げんせ) やさしい眼差(まなざ)しで人に接する

 

2.和顔悦色施(わげんえつじきせ) にこやかな顔で接する

 

3.言辞施(ごんじせ) やさしい言葉で接する

 

4.身施(しんせ) 自分の身体でできることを奉仕する

 

5.心施(しんせ) 他のために心をくばる

 

6.床座施(しょうざせ) 席や場所を譲る

 

7.房舎施(ぼうじゃせ) 自分の家を提供する

 

天台宗 一隅を照らす運動ホームページより転載)

 

 

 

ツイッターで友人がこんなことをつぶやいた。

 

「私自身が愛でいれたら、そんな幸せなことはないなぁ。アンパンマンみたいに、分け与えられる人でありたい。」

 

この言葉に深く感じ入ってしまった。こんなことをサラリと言える彼女を尊いと思った。そして、私もそうありたい、と強く思った。

 

 

 

そこで、冒頭に挙げた、仏教の「無財の七施」を思い出した。仏教では「布施」(他になにかを施し与えること)を修行のひとつに数えているが、なにも金品じゃなくても、相手に「施し与える」ことはできるよ、っていう教えがこれで。なるほど、自分と誰かさえいれば、この場で即座に実践できるものばかりである。

 

で、これ、1~5までは割と一般的なことが書いてあるけど、6と7だけやけに具体的で、ちょっと違和感を覚えませんか?

 

私の解釈としては、「6.床座施(しょうざせ) 席や場所を譲る」っていうのは、なにも電車やバスなどの公共機関の座席に限らず、自分の立場とか名誉とか、そんなものも含まれるのかなあ、と。いつまでもそんなものにしがみつかずに後続にサラッと席を譲る人こそがかっこいいんじゃないか。いいなあ。素敵だなあ、そんな人……。

 

「7.房舎施(ぼうじゃせ) 自分の家を提供する」も、この物騒なご時世、自分の家にのべつまくなしに誰かを招き入れるなんてことは難しく……。で、思ったのが、これって「時間」と「場所」を提供するってことなのかな、と。悩みを抱える友人を公園やカフェや居酒屋に誘ってじっくり話を聞いてあげるとか。あと、比喩としての「家」になってあげるっていうことなのかな、とも思います。話を聞いたり、場合によっては抱きしめてあげたりすることで、その人を雨風から守ってあげる。そういう行動が房舎施なのかな、と。

 

 

 

で、この「無財の七施」の実践者としてつとに有名なのが、友人も例に挙げた、アンパンマンという名の国民的ヒーローなんですよね……。彼はすごいですよ~。七施、ぜんぶサラリとやってのけていますから。

 

アンパンマンの布施行の中でとくに特徴的なのが、「4.身施(しんせ) 自分の身体でできることを奉仕する」ですよね。だって、

 

「ぼくの顔をお食べよ!」

 

ですからね……。なんなの、アンパンマン。こんなこと、君じゃなきゃ言えないよ……! 文字通り(文字通りすぎる!)の「身施」ですよ。見上げた男ですよ!

 

 

 

アンパンマンが「本物だなあ」と思うのは、この布施行をぜんぶ「やってやろう!」なんて思わずに、自然にやっていることで。(い、いや、多分ね……。会って話したことがあるわけじゃないから、多分、ですけど……。)彼は、その時その時を、懸命に、ひたすらに他を利することに使っているのですよね。損得なんて一切考えずに、その場でできることをやってしまう。それが証拠に、彼、しょっちゅう、

 

「顔が欠けて、力が出ない~~~」

 

とか言ってるじゃないですか……。後で自分がどうなるかなんてこと、なーんにも考えずに、ただひたすらに、目の前にいる、お腹がすいていたり、元気がなかったりする人に、自分の顔を差し出しちゃうんですよね。損得考えてたら、ひとかけらだって、誰かに自分の顔なんか与えられませんよね。

 

見上げた男ですよ! 若干、へなちょこで頼りないけど、心意気は最高ですよ!

 

 

 

すごいなあ、アンパンマン。アンパンマンこそ菩薩だと思う。子どもに人気があるのも頷ける話だ。

 

 

 

布施って、された人だけじゃなくて、した本人の心にも明かりが灯る行為なんですよね。実は自分のための行為でもあったりする。他を利することが、そのまま己を利することになる。

 

なんてよくできているんだろう、とこの世の仕組みに感服してしまう。

 

アンパンマンみたいに、損得関係なく、サラリと布施行を積めちゃえばいいんですけど、まあなかなか難しいですよね……。でも、最初は若干力が入ったり、ぎこちなかったりしてもいいから、とにかく続けることかなあ。そうしたらいつかアンパンマンのような「愛と勇気だけ」の境地に達することができるかもしれない。(まあ、顔が欠けたら力が出なくなるってこと、少しは学習しなさいよ、アンパンマン……とは思いますけどね……。)私も修行を積みます。まずはにっこりすることから。

 

 

 

 

南無アンパンマン菩薩。