「いろいろあるよね」の背後にあるもの

2016年11月21日

おはようございます。小出遥子です。

生きていれば、いろいろありますよね。
……って、いきなりざっくりした表現で恐縮ですが、
まあ、ほんとうに、いろいろありますよ。

人間、生きていれば、
ほんとうにいろいろなことを考えるし、
ほんとうにいろいろなことを感じるし、
ほんとうにいろいろなことをします。

その「いろいろ」の中身は刻一刻と変わっていって、
同じように見えたとしても、
まったく同じものなんかひとつもなくて。

そもそも「いろいろ」する「自分」自体が固定化されたものではなくて。

でも、その「いろいろ」を浮かべる舞台としての
(自分以外の)“なにか”は、
いつだって、寸分たりとも姿を変えることなく、
“ここ”にありますよね。

それがなければ、思考も、感情も、行動も湧き起ってこられないんです。

それは、色もなく、かたちもなく、においもなく、
つまりは絶対的に透明で、
だからこそ、いつだって、まったく気づかれないような仕方で、
ただただ“ここ”に存在していて……。

どんなに個人が「なんじゃこりゃ!」な思考や感情や行動に翻弄されようとも、
いつだって“ここ”にあって、ただただすべてを受けいれていて……。

変わりゆくすべての舞台としての、
決して変わらない“なにか”のことを、
人は、古来から、「神」や「仏」と呼んできたのかもしれない。

「神」や「仏」は、決して特別な存在なんかじゃなくて、
いつだってこの私とともにあって……。

ありがたいな、と思います。
ほんとうに、ただ、それだけだな。

 

よい一日をお過ごしください◎