2011年3月20日のスーパームーン

2014年7月13日

昨日はスーパームーンだった。月が地球に接近するのと満月とが重なる日。今年は、来月と再来月も観測できるようだ。

 

 

 

スーパームーンと聞いて思い出すのが、2011年3月20日の夜の出来事だ。その日、私は友人と二人で新宿の居酒屋にいた。震災直後で、お酒を飲んでから騒ぎする人々の表情もどこか冴えなかった。私たちの表情も冴えなかった。

 

「お酒なんか飲んでる場合じゃないんだけどね……」などと言い合いながら、アルコールに逃げる以外の方法をとることができない、意気地のない私たちは、その日、いつも以上に杯を重ねた。

 

二人してプライベートでも痛手を負っていた時期だった。嫌なこと、悲しいこと、恐ろしいことがいくつも重なって、その上地面は大きく揺れて、「もう、ほんと、どうしようね」と言い合いながら、結論めいたものも導き出せず、情けない顔をして、さしたる会話もないままうだうだうだうだ……。こんな時に飲むお酒はまずい。でも注文の手はごく自然に上がってしまう。脳をしびれせるのを止めることができない。

 

この間にも、東北の人たちは眠れない夜を過ごしている。でも、自分の痛みと、彼らの痛みを、結び付けて考える余裕を持たなかった。私が痛がったところで、彼らがどうなるとも思えなかった。

 

逃げていたのだと思う。

 

そして、逃げれば逃げるほど、そんな自分に傷ついていたのだと思う。

 

 

 

何杯目かのジョッキを空にした瞬間、ふいに、友人が言った。

 

「今日はエクストラスーパームーンだって。いつもより14パーセント大きくて、30パーセント明るい満月が見えるみたい。19年ぶりだって。外に出て、見てみようか?」

 

 

 

居酒屋を出て、いつもより商品が少ないコンビニで、一本ずつ缶のお酒を買って、二人で新宿中央公園のすべり台によじのぼった。都心のビル群の影になって、月は半分しか見えなかった。それでも十分、明るく見えた。薄雲に反射した月の光は、ぼわぼわとどこまでも広がっていくような感じがした。

 

 

 

「計画停電で暗い街に、エクストラスーパームーンが明るく輝いていました。……とかってね、きっとドラマチックに報道されるんだろうね~」ひねくれた私たちは、そんなことを言っては笑い合った。

 

お酒が空になったころ、警備員さんに「そんなところでお酒飲まないでね~!」と怒られた。「ごめんなさい……」と小さくなって頭を下げた私たちは、なに中学生みたいなことやってるんだかね、と、ここでもまた笑い合った。

 

 

 

月を眺めるのにも飽きて、すべり台からつうーっと滑り降りて地面に降り立ったとき、私はふいに、「着地した」と思った。ふわふわしていた足元が、ちゃんと地面と接するようになった瞬間だった。

 

「ああ、もう、大丈夫だ」

 

そんな風に、強く思ったのを覚えている。根拠はない。自信もない。でも、私はあの時、確かに、足元から、なにやらじわじわとあたたかいものが全身を包んでいくのを感じたのだ。友人も、なんだかやけにすっきりした顔をしていた。彼女の足も、ちゃんと地面を踏みしめていた。

 

私たちは、地球の上に立っていた。

 

 

 

あの夜のあの月を、私は忘れることはないだろう。そんな風に思う。