色即是空 空即是色

2014年7月16日

福岡:実は生物には固定した「輪郭」というものもないんです。皮膚の表面だって無限に解像度を上げていけば、分子が猛スピードで出たり入ったりしているのが見えるだけです。(略)

 

川上:うーん、要するに、その考えでは私たちの体って分子の「ムラ」に過ぎないわけですね。濃い部分。あるいは蚊柱みたいなもので、中にいる蚊(分子)はどんどん入れ替わっている……。

 

福岡:その通り。しかもその蚊柱の中に、さらにまた臓器、細胞、DNA……とそれぞれ蚊柱が立っている状態です。

 

(『六つの星星 川上未映子対談集』文藝春秋刊)

 

 

 

上記は作家の川上未映子さんと生物学者の福岡伸一さんの対談から一部抜粋したものである。はじめてこれを読んだとき、私は大きく膝を打った。

 

蚊柱……。

 

なんだか気の抜けてしまうような単語ではあるが、「色即是空・空即是色」という言葉の意味は、もしかしたら、すべてここに集約されてしまうのではないだろうか、と思ったのだ。

 

 

 

「色」というのは、形あるものとして現れた現象、つまり個別の「マテリアル」とも呼ぶべきもの。

「空」は、「色」(マテリアル)を形あるものとして成り立たせている働き、つまりすべての根幹にある「エネルギー」とも呼ぶべきもの。

 

 

 

上記の対談では、福岡さんは「生物には」固定された輪郭はないとおっしゃっているが、なにも生物に限らず、この世にマテリアルとして存在しているものは、すべて、「常ならず」なものなのではないだろうか。新品の靴も3回も履けばどこかくったりとして馴染んでくるように。どんなに頑丈なビルだって、100年200年も経てば、そのほとんどがこの世には残っていないように。

 

私たちはみな死にゆく存在で、それは誰にも止めることはできない。

 

 

 

……とか言うと、時間というものの存在を前提とした解釈になってしまうのだが、そもそも「空」やら「色」やらの世界に時間など存在しない。

 

言うなれば、全部「同時」なのだ。

 

 

 

私たちが肉体(マテリアル)を持ってこの世を生きている、というのも幻想で。だって私たちは「蚊柱」なのだ。固定化された「形」(イコール「色」)というものがあると思いこんでしまっていることが、そもそもの間違いなのだ。

 

しかし、そうは言っても、「蚊柱」が実際に見えるような気がするのは事実であり。じゃあ、その蚊柱を蚊柱として成り立たせているものはなんだっていったら、それが「空」。なんらかの意志を持った(としか思えない)根幹のエネルギー。

 

「無常」な「色」を生み出す「空」だけが「常」なのだと思う。

 

 

 

「空」と「色」は、決して切り離されたものとして存在していない。

 

つまり、「空」は同時に「色」であり、「色」も同時に「空」なのである。

 

 

 

本当は一切がない。

 

なくてない。

 

でも。

 

なくてある。ないけどある。

 

いや、ないからこそある。

 

 

 

たったひとつの「常」である「ない」が、無限の「ある」という「無常」を生み出している。

 

 

 

それが世界の成り立ちなのだと思う。

 

 

 

 

 

ぜんぜんうまく書けなかったけど(えーん……!)以上が私なりの「色即是空・空即是色」論でした。明日は私なりの「曼荼羅」論というものに挑戦してみたいと思います。

 

多分、明日の記事で、今日言えなかった部分が補足できると思います……。ってハードル上げたか?