虫刺されへの一番の対処法

2014年7月23日

災難に遭う時節には災難に遭うがよく候。

死ぬる時節には死ぬがよく候。

これはこれ災難を逃るる妙法にて候。 (良寛禅師)

 

 

 

 

梅雨も明けて、いよいよ夏本番である。と同時に蚊の季節もご到来だ。

 

 

 

最近、同居の妹が「懐かしい気持ちになる」などと言って、ほとんどアロマ替わりに蚊取り線香を焚いていて、お姉ちゃん甚だ迷惑だ。いや、あれはいい匂いだけど、長時間嗅ぐものじゃないでしょう。頭痛くなってくるよ。せめて洗濯物のない部屋で焚いていただきたい……とかそういう話は置いといて……。

 

 

 

以前は私、めちゃめちゃ蚊の標的になりやすい女だった。血液型とか酒飲みであることなどが、実際、どれだけ蚊への求心力となっていたのかはわからないが、とにかく、実感として刺されやすかった。虫刺されの薬はいつも携帯していた。夏になるといつでも眉根を寄せた不細工な顔をして全身を掻きむしっていた。

 

それがここ数年、一切虫刺されの薬を使っていないのである。どういうわけか昔ほど刺されなくなったし、それに、蚊に刺されたときの一番の対処法を心得てしまったからである。

 

あ、やられたな、と思っても、それ以降一切意に介さず、掻かずに放っておけばいいのである。15分20分も経てばかゆみは消えてなくなる。ぶり返すこともない。

 

 

 

はじめてこの事実に気づいたときには「な~んだ……」と拍子抜けしてしまった。蚊自体が持つ毒性は実はまったく大したことなかったのである。こっちが勝手に目くじら立てて、騒ぎ立てて、掻きむしって、患部を腫らして、それで余計にその箇所が気になって、さらに掻いて、さらに皮膚を過敏にして、さらにかゆくなって、痛くなって、血まで出てきて……という悪循環を自ら構築してしまっていたのだ。放っておけば短期間で解決する問題だったのに。

 

 

 

これってもしかしたら、人生全般に言えることかも……。っていきなり話大きくなりすぎ? すみません……。

 

でも、あらゆる問題解決のキモは、どうもこのあたりにあるような気がしてならないのだ。

 

 

 

物事はいつだって中立で、それ単体で良いも悪いも決められるものではない。なのにそれをはなから「悪」と決め込んで、どうしようどうしよう、と頭に血をのぼらせて、あーでもないこーでもないと騒ぎ立てて、小さかったはずの「問題」をより大きくして、ニュートラルであったはずの事態を完全なる「悪」に仕立て上げてしまって、それでさらにパニックになって……。

 

こんなことばっかりやっている気がするな。

 

 

 

トラブルが発生したときの第一は、「騒がないこと」。深呼吸をして、丹田に意識を集中して、静かに事態を見つめること。

 

そうして対処法が見えてきたら、心静かにそれを試してみること。問題が即座に解決することを過剰に期待せず、淡々と行動すること。

 

ある程度行動したら、もうそれについては考えないこと。「時間が解決してくれるさ」ぐらいの気持ちを持って、問題を手放してしまうこと。鼻歌でも歌いながら、なにか自分の心が浮き立つようなことを二つ三つとやってみること。

 

そうしているうちに、たいていの「問題」は解決しているものである。

 

 

 

……と言っても、めちゃめちゃ難しいんですけどね。いや、本当はこれ、ぜんぜん難しくなくて、めちゃめちゃ簡単なんだけど、「泣いて叫んでパニクって、嫌な気持ちも煩わしい気持ちも、全部全部味わいたいんだ!」っていう気持ちを自分の中に持ってしまっているから(つまりそのトラブルを手放したくない気持ちがどこかにあるから)、いつまで経ってもそこから抜け出せないだけなんですけどね。でも、もうそんな「プレイ」にも飽きてきたな……。

 

いきなりその人の生死にかかわる問題を「放置せよ!」なんてことは言えないので、まずは虫刺されというプチトラブルから、問題解決の技法を学ぶと、色々やりやすいような気がします。

 

 

 

ということで、この夏も「見ない・掻かない・気にしない」戦法で、蚊という生物との共存を図っていく次第でございます。合掌。