自分の楽しさぐらい 自分で作れ ばかものよ

2014年7月29日

 帰り道、僕は車の中で突然、初めてデートした女の子のことを思い出した。七年前の話だ。僕はデートしている間、始めから終りまで、「ねえ、退屈じゃない?」と訊ね続けていたような気がする。僕たちはエルヴィス・プレスリーの主演映画を観た。主題歌はこんな唄だった。

 

  「僕は彼女と喧嘩した。

   だから彼女に手紙を書いた。

   ごめんね、僕が悪かった、ってさ。

   でも手紙は返ってきた。

   宛先不明、受取人不明。」

 

 時は、余りにも早く流れる。

 

(『風の歌を聴け』村上春樹著 講談社文庫)

 

 

 

私にはある特技……というか才能があって、それは「旅を楽しむ」というものである。

 

私はとにかく旅が好きなのだ。と言っても海外にひとりで行ったことはないし(それどころかひとりで飛行機に乗ったこともない)、数か月に一度ぐらいしか遠出をしていないので、本当に旅慣れている人には笑われてしまうような話なのかもしれないが……でも、とにかく好きなのだ。定期的に旅に出ないと、心身が不完全燃焼を起こして、ぷすぷすと嫌な音を立てはじめる。毒素を周囲にまき散らし始める前にさっと東京を離れて、見慣れぬ場所に降り立つと、地の底から足の裏を伝わって「歓喜」が湧き上がってくるのが伝わってきて、思わず叫びだしたくなる。

 

ひとり旅も楽しいが、同行者のいる旅だってうんと楽しい。で、ちょっと自慢しますね。旅の同行者に、「遥子との旅はいつもものすごく楽しい」とか「なんでこんなに楽しいんだろう。こんな旅初めてだよ」とか言ってもらったことも数知れず……なんですよ、私。これってめ~ちゃめちゃ嬉しい言葉だ。

 

いや、これ、別に、私にツアーコンダクターとしての特別な資質があるとかそういう話ではなくて、シンプルに、私が超純粋に旅を楽しんでいるのが、同行者にもばっちり伝わるからなのだと思う。

 

人は、心の底から「いま」「目の前にあるもの」を楽しんでいる人と一緒にいると、つられて楽しくなってしまう単純な生き物であるらしい。逆もまた真なり。

 

それならば、先に自分が楽しくなってしまうこと。同行者の意向はもちろんある程度は気にしつつ、でも、第一に自分が楽しい、心地いい行動を選び続けること。相手や場所や天気のせいにせず、いま、ここで楽しくなってやろう、と決意すること。そしてそれを実行に移すこと。

 

冒頭に挙げた小説のように、「ねえ、楽しい? 退屈じゃない?」と聞かれ続けるデートほど、つまらないものもないだろう、と思う。こっちに自分の楽しさを預けないで欲しい。自分の楽しさぐらい自分で作れ、と言いたい。旅行もまた然り。そして、これはまた、日常すべてにおいても当てはまることだ。

 

状況を楽しくするのは、いつだって、いま、ここの自分。

 

相手とか場所とか天気とかじゃないのだ。

 

「自分が楽しければ、相手もまた楽しいに決まってる!」

 

そのぐらい能天気じゃなきゃ、いまここにある楽しさを取りこぼしてしまうような気がしている。

 

私たちは、もっともっと、楽しむことを自分に許可していいんだと思う。能天気でいてもいいんだと思う。

 

本当にそう思う。