人生を創る。

2014年9月4日

さっきふと思ったのが、「出来事」は選べない。だけど、その出来事に対してどんな感情を持つかは自分で選べるということ。

 

だって、自分の人生という舞台の主役は、ほかでもない、自分自身なのだから。

 

このブログでも繰り返し繰り返し書いているテーマですね。でも、本当に大事なことだし、なのに、どうしたって忘れがちなことなので、今日も書きます。

 

 

 

「自分の人生という舞台の主役は自分自身」と書きましたが、私たちはその舞台の主演役者であるだけでなく、脚本家的な存在としても活躍しています。

 

脚本のお仕事が自分の元にやってくる時点で、物語のざっくりとした筋はすでに決められています。「主人公はこれこれこういう生い立ちで、こういう学校を出て、こういう仕事をして、こういう人と結婚して、子どもは何人で、このぐらいの年齢で、こういう死に方で人生を終える」みたいなことは、プロデューサー的な「偉い人」が決めているのです。その「偉い人」にはいろんな名前がつけられていますよね。たとえば「運命」とか……。呼び方はなんでもいいけど、まあそういったものです。

 

「偉い人」は言うわけです。「いま言ったようなことをきっちり脚本の筋にしてくれるなら、あとは小出チャンの好きにやっていいよ~。小出チャンが演じるわけだしね~。あ、あとほかには○○チャンと○○チャンと○○チャンにも舞台に立ってもらうんで。それは決まってるんで、そこんとこヨロシク! で、ちょっと悪いんだけどさ、舞台の開演までぶっちゃけぜんぜん時間ないからさ、演じながらシナリオ考えていく感じでシクヨロ! いや~、悪いね! でも俺、小出チャンの仕事、まじで信頼してるからさ~! 好きにやっちゃって~!」と。

 

その瞬間、幕が上がり、私たちはわけもわからないまま、裸一貫の状態で、舞台の中央に押し出されることになります。そして、めちゃめちゃに戸惑いつつ、脚本家兼主演役者として、舞台を作り始めるわけです。

 

 

 

いつ生まれて、どういう環境の元で育てられて、どういう人と出会って……っていうのは、プロデューサー命令なので、そこだけはぜ~~~ったいに変更できません。でも、それらの出来事に、主人公がどういう感情を持って、どういった対応をしていくのか、そこからなにを学び、どう「未来」につなげていくのか、みたいな部分は、脚本家である自分の腕に任されています。そして役者である自分の演技が、物語全体のトーンを決めます。

 

いわば、同じ筋書きでも、自分の裁量ひとつで、物語を「悲劇」にも「喜劇」にもできてしまうわけです。

 

 

 

えーと、たとえば、主人公は大学受験に失敗して、浪人生活を余儀なくされる、という筋書きが用意されているとします。しかも3回も落ちます。3年もの間、彼は浪人生活を送るわけです。苦労の甲斐あって、4年目の春、彼はようやく希望の大学に合格しました。

 

さて、そこでなにを思うか、が問題で。

 

たとえば「ああ、マジ嬉しい! 超嬉しい! 良かった! 努力すれば、時間はかかっても夢は叶うんだな~! あきらめないでいてよかった~! このことを知れたから、3年間の浪人生活は無駄じゃなかったな~! つーか、普通は3年も浪人できねーし!(笑) 俺って、マジで根性あるよな~! すげーな、俺! 俺は俺自身を誇りに思うぜ~! 親や周りにも感謝感謝だぜ~!」と考えてピカピカと晴れがましく笑っているか、それとも「ああ、やっと受かった……。ようやくこんなみじめな生活とオサラバできる。もう浪人なんかこりごりだ。あーあ、人より3年も遅れをとってしまったな。みっともないったらありゃしない。現役で入った奴らにも馬鹿にされるんだろうな。ああ、俺の人生、きっと今後もこんなことばっかりなんだろうな。冴えないなあ、俺って……。」と考えて青白い顔をしてため息を吐きながら、姿勢悪くとぼとぼと歩くかで、もう、ぜんぜん、ぜんっぜん、トーンが違ってきますよね。「出来事」としてはまったく同じなのに。

 

卑近な例で恐縮でした。

 

 

 

いや、どちらが良いとか悪いとか、言っているんじゃないんです。ただ、本当に、「選べるよ」っていう話なんです。

 

「喜劇」を生きるか、「悲劇」を生きるか。

 

自分で選べるんです。

 

 

 

いま、どんな人生を生きていたとしても、それって実は、ぜんぶ「自分好み」の物語なんですよね。だってぜんぶ自分で選んでいるわけだから。

 

何度も言うけど、「出来事」は選べません。

 

でも、それをどう味わうかは完全に自分にまかされています。

 

選べるんです。

 

 

 

 

 

……で、この話には続きがあって。いざ終幕を迎えて(主人公が死ぬときが、この舞台の終わりです)、カーテンコールに応えようと立ち上がり、あらためて拍手喝采の客席を見渡してみると……。そこに座っているのは、全員、本当に全員!!!「自分」なんですね~。さらに、関係者席に座っているのも全員「自分」。それどころか舞台上の他の役者さんも全員「自分」。スタッフだって全員「自分」。プロデューサーすら、なんと「自分」!「自分」「自分」「自分」の大洪水! もうとにかく、「自分」以外いないのです!!!

 

ななななななんだこりゃ~~~!!!

 

となるわけですが、これについてはまたいずれ……。