汝、それなり!

2014年9月13日

 

先日、ちょっと緊張してしまうような場面があって、数時間そわそわしっぱなしだった。うまくできるかなあ、とか、失敗したらどうしよう、とか。自分に対する自信のなさで、体中がいっぱいになっていた。心臓はどきどきいって、手のひらには汗がにじんで、息が苦しかった。(苦しいときって、「吐く」ことにコミットできないのですね。吸って吸って吸ってばかりで、体がぱんぱんになってしまう。)足先が冷えて、地につかない感じが、ものすごく不快だった。

 

でも、ふと窓の外を眺めて、暮れなずむ空に木々の緑の葉が揺れているのを見たら。ふいに、「ああ、この緊張感さえ、味わわせてもらっているんだなあ。ありがたいなあ」という気分になったのだった。「私はいま、緊張感というおもちゃで、遊ばせてもらっているんだなあ」と。

 

そうしたらなんだか笑いがこみあげてきた。頬の筋肉を緩めて、ふふふ、と声に出して笑ったら、あら不思議! 不快な症状はみんなどこかに消えてしまって、そこにはただただ「遊び」の楽しさだけが残ったのだった。

 

一瞬の出来事だった。まるで魔法のようだった。

 

「生きているなあ。生かしてもらっているなあ。」

 

そんな感慨の中で、それから先、私はずーっとにこにこしていた。

 

 

 

 

 

さて。

 

「味わわせてもらっている」

「遊ばせてもらっている」

 

これって、どうしようもなく真実で。私たちはいつだって「遊び」の世界に生きている。どんなに深刻な顔をしていても、それすらぜんぶ「遊び」。意識するにしろしないにしろ、ぜんぶぜんぶ「遊び」にすぎないのだ。

 

 

 

でも、じゃあ、「遊んでいる自分」というのを微笑ましく眺めている、この私の中にいる「私」は、一体誰なんだ……? というお話で。

 

誰なんでしょう? ちょっと、想像してみてください。

 

いや、ただただ、感じてみてください。

 

 

 

……あなたがいま感じた「それ」こそが、本来の自分ってやつです。自他の区別のない、ひとつらなりの、ただひとつの、ひとつだけの、「いのち」ってやつです。

 

 

 

私たちはいつだって「それ」とともにあります。

 

感じようと思えば、いつだって、誰だって、「それ」を感じることができます。

 

感じてください。感じた瞬間に、言いようのない安心感に包まれると思います。その安心感さえあれば、遊びはもっと楽しくなります。

 

ただ、感じるだけで良いのです。

 

 

 

 

 

 

 

解説したいことはたくさんあるけれど、今日はここまでにします。

 

 

 

みなさま、良い土曜日をお過ごしください。

 

「よく遊んだ!」「楽しかった!」と言えるような一日を、ともに生きてまいりましょう。