覚悟と自覚とリラックス

2014年9月26日

昨日の記事を読んでくれた友人から、こんなメールが届いた。

 

「今日のブログ、何だかとても響きました。(中略)覚悟と自覚を持って、自分の役割を果たすこと、と文章にされると、何と清々しいのかと思いました。母としての自覚、覚悟。わかってるけどできないもん! と反発する気持ちは正直あるものの、どう考えても仰るとおりとしか思えないというか。。ただやはりそうすぐには腹が括れない悲しい人間なので、笑うところから肩の力を抜いて、将来にまで悲観する気持ちの種を小さいうちになくしていけたらいいかなと思いました。ちなみに、覚悟と自覚を持つための方法のヒントは何かありますか? あればぜひ、教えていただきたいです。」

 

彼女は今月、元気な男の子を無事出産した。現在は、3時間ごと……どころかほとんど1時間ごとに起き出しての、エンドレスな授乳ループの真っただ中にいるという。いまは実家にいるけれど、東京に戻ったら周りの助けも少なくなるし、旦那さんは多忙だし……ということで、かなり悲観的な気分になってしまっているようだった。周りのプレッシャーの中で、「自己嫌悪に腰まで浸かっている」状態なのだという。

 

生来真面目で、ものすごく頑張り屋さんで、なにをしても完璧にこなしてしまう彼女のことを思って、「苦しいだろうなあ……」と、胸がつぶれそうに痛んだ。「これ以上頑張らないで~!」と思った。でも、赤子を目の前に奮闘している彼女に、そんなこと軽々しく言えなかった。

 

 

 

覚悟と自覚を持つための方法のヒントは何かありますか? とのことだが、彼女の場合、もうそこはばっちりクリアしてしまっていると思う。むしろ、覚悟と自覚の中でがんじがらめになってしまっているように感じた。

 

彼女にいま必要なのは、力を抜くこと。リラックスの能力。とは言え、そう簡単にそれができないから彼女は苦しんでいるのであって……。

 

結局、まずは身体から、ということで、私のやっている呼吸法(「吐く」にコミットする)を簡単にお伝えする、というやけに実際的な返信になってしまったのだが、メールを送信したのち、なんだか考え込んでしまった。

 

 

 

それで思ったのが、昨日挙げた、「いま」にいるための3つの方法、

 

「瞑想をすること」「笑うこと」「覚悟と自覚を持って、自分の役割を果たすこと」

 

これらはすべて、「リラックス」とセットになっているのだな、ということ。実際、仏像や仏画として形にあらわされた仏さまからは、どんなに不自然なポーズだとしても、「余裕」の二文字しか感じられない。(もちろん、仏師の腕前にもよりますが……。)

 

 

 

リラックス――

 

「瞑想」と「笑い」に関しては分かりやすいが、問題は3つ目である。

 

「覚悟」も「自覚」も、ばりばりに力が入った状態のイメージを喚起させる言葉だが、(それゆえにメールの彼女を混乱させてしまったのだろう。反省……。)実際、この世で、真実、自分の役割を果たしていっているような人たちを観察していると、全身のどこにも余分な力がかかっていないことが分かる。分かりやすいポイントを挙げれば、そういう人たちには、「眉間」と「肩」のあたりの気の滞りがない。それでいて、おへその少し下のあたりに力がこもっている。というか、全身の力がそこに集約されている。丹田、と呼ばれるポイントだ。(目の焦点をぼやっとさせた上で観察するとよく分かります。)

 

余分な力が入っていないのに、いや、入っていないからこそ、どんなボールが飛んできても、さっと体を動かして、ばしっと受け取って、それを適切なところに投げ返すことができるのだろう。

 

 

 

「自覚と覚悟」と「リラックス」。どちらが先なのか、と言われたら、どちらも同時、なのだろう。きっと、自転車の両輪のようなものだ。

 

「私はいまこれをすることがお役目なので」と腹を括った上で、目の前の物事に淡々と取り組んでいるうちに、どんどんどんどん余分な力が抜けていき、それにつれてどんどんどんどん「上達」していく、ということもあるし、

 

逆に、先に力を抜いてしまった状態で淡々と目の前の物事に取り組んでいるうちに、「ああ、これがいまの私のお役目なんだ」と得心する瞬間があって、その覚悟と自覚がさらに良い方向にその人と周りとを進めていく、ということもあるだろう。

 

どちらが先でも、辿り着く場所は一緒なのだと思う。

 

(もちろん、自覚も覚悟も過剰になってしまったら、力を抜くことすら難しくなってしまうのですが……。心が先走って身体をお留守にしてしまっている場合ですね。その場合は、やっぱり身体の方にコミットしていくのがいいのかな。呼吸法とか、軽い運動とかをほんの少しの時間だけでも試してみる。あとは信頼のおけるプロに頼るのも大事ですよね。あとは、それこそ、瞑想とか、意識的に笑ってみるとかかなあ……。)

 

 

 

淡々とやり続けた先に見えてくる世界は、きっと自分が望んだ以上のものなのだと思います。

 

ギフトは、予期せぬときにやってきます。

 

私も、淡々とやっていきます。