「間に合わせ」を買わないこと。

2014年9月27日

今月、2回の大断捨離大会を開催して、現在私の部屋は、ほとんど「禅寺か!」っていうぐらい、物がない状態になっている。掃除がしやすくてとても良いです……。

 

「この先も本当に愛情を持って付き合い続けていけるか」を基準に手元に残すものと手放すものを選んでいったら、圧倒的に手放すものの方が多かった。いままでの買い物の仕方を大反省したのは以前の記事でも書いた。

 

所有する、というのは責任を伴う行為だ。一対一の愛情関係が築けないようなものは、手元に残してもお互いに不幸なような気がする。物の発する「こっちを見て~愛して~」という悲痛な叫びと、こちらの発する罪悪感がコラボして、もやもやとした黒い空気を部屋中にまき散らしてしまうような……。

 

黒い空気はやる気を奪う。人をうつむかせる。過去の失敗ばかりを振り返るようになる。そもそもその物自体が「失敗」の象徴なのだから仕方ない。

 

もう「失敗」はしたくないなあ……。

 

人生における「失敗」は避けられないものだとしても(まあ、大きな目で見れば、「失敗」なんて本当はないのですが……)、買い物においてのそれは、自分の裁量で、ある程度回避することはできるだろう、ということで、私はもう、「間に合わせ」でなにかを買うことをやめることにした。自分が選べる範囲のものに関しては、心底惚れ込んだものにしか手を出さない。生涯添い遂げるような覚悟で、一点一点向き合って選んで行こう、と決意したのだ。

 

運命の一点に出会うまでは、はっきり言って不便の連続だ。たとえば私はいま、多少値は張っても、長い間付き合っていけそうな丈夫で素敵な傘をここ一ヶ月探索中だが(前使っていたものは思い切ってぜんぶ捨ててしまった!)「これ!」というものにいまだに巡り合っていない。かと言ってテキトーな傘を買うのも嫌なので、雨が降ったら濡れるしかない……って極端ですよね! いや、どうしても……というときは、さすがに折り畳み傘を使っていますけど……。

 

しかし、この不便さが、いつか出会える運命の一点への愛情をさらに深めてくれることを知っているので、私は、耐える……! 運命の傘のためならエンヤコラせー、と雨の中ばしゃばしゃと飛び出していく私でありました……。

 

まあ、これもぜんぶ遊びですね。笑 こういう遊びをしているんです、いま、っていう単なる報告でした。すみません。

 

でも、この禅寺生活、なかなか楽しいですよ~。頭の中が非常にクリアです。部屋と身体はリンクしているって本当のことだなあ、と思っています。

 

ということで(?)みなさま、なにかオススメの素敵な傘があったら「一刻も早く」私に教えてください……。

 

……ひどいオチだな!