バッターボックスに立っているならば

2017年1月28日

おはようございます。小出遥子です。

人間として生きるということは、
バッターボックスに立つことと同じなんじゃないかな。

……といったようなことを、最近、またあらためて考えています。

自分目がけて飛んでくるボールを、
一球一球打ち返していく。
その繰り返しだな、って。

ボールは、どうしたって飛んでくるんです。
どんなに「やめろ~! 飛んでくるな~!」
と強く念じていたとしても、必ず飛んでくるんです。

なぜなら、バッターボックスに立っているから(笑)。

バッターボックスを降りるときは、
「生きる」のをやめるときです。

生きている限り、
好むと好まざるとに関わらず、
望むと望まざるとに関わらず、
ボールは必ず飛んできます。

つまり、人生、どんな出来事だって起こりうるんです。
ほんとうに、どんなことだって起こってしまうんです。

だって、私たちは、ひとりで生きているわけじゃないから。
広大なご縁の網目の中に生かされているのだから。

それならば、
もう最初から「そういうもの」と肚をくくって、
「よし、来い!」とバットを構えて、
次から次へと飛んでくるボールを、
次から次へと、気持ちよく打ち返していきたいなあ、と。

そっちの方が、人生、たのしそうじゃないですか?

まあ、別にいいんです。
見逃し三振し続けたって。
逃げ腰で立っていた結果、デッドボールを喰らったって。
それもまた人生。

でも、私は、やっぱり、たのしい方を選びたいです。
そして、この人生において数回は、ホームランの快感を味わいたい。

人生で起こる出来事は、自分の力では決められないけれど、
人生に向かう態度は、いまここにおいて、
自分の力で決められるのだと思う。

そのぐらいの希望を持っても、バチは当たらないはず!

 

よい一日をお過ごしください◎

 

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