「苦手」をアンロック!

2017年2月4日

おはようございます。小出遥子です。

先日、ツイッターでこんなことをつぶやいてみたところ、
割と反響がありました。

本日の発見。「苦手」と「嫌い」は、必ずしもイコールではない。

たとえば私は数学は「苦手」だったかもしれないけれど「嫌い」ではなかった。そういう感じのことって、もしかしたらめちゃめちゃたくさんあるのかもしれない……。発見や~

このことをさらに詰めて考えてみたところ、
私が「苦手」を感じる対象には、ある共通点がありました。

それは、

「これ以上、あの人/もの/ことに接近したら、
いままで自分が大事にしていた世界が
思いっきりひっくり返されてしまう……」

という危機感のようなものを私に抱かせる、ということ。

つまり、私は、その対象自体を「嫌い」なわけではなくて、
その対象が私に与えるであろう巨大なインパクトを恐れて
「あの人/もの/こと、苦手だ……」と感じている、ということです。

私も、「生涯冒険!」とかなんとか言っていますけれど、
(寂聴さん風に。あ、寂聴さんがおっしゃっているのは「生涯恋愛!」か……。)
ほんとうは、ものすごく臆病なんですよ。
「変化」「変容」にともなう痛みからは、反射的に逃げてしまうんです。

でも、その「痛み」っていうのは、実は一瞬のものに過ぎず、
しかも、それを乗り越えたあとには、
かならず、見たこともない世界が広がっていることも、
私は、すでに知ってしまっていて。

しかも、その「見たこともない世界」を見ることが、
私が、生涯ずっと続けていきたいことだということも知ってしまっていて。

それならば、
私が、これから向かっていくべきは、

“自分が「苦手」を感じる人/もの/こと”

これに尽きるんじゃないかな、と。

いや、もちろん、
ごくごくシンプルに「好き」を感じる対象には
これからも全力で向かっていくし、
「嫌い」という感情しか出てこない対象からは
これからも全力で逃げ続けますが(人間だもの!笑)、
でも、「苦手」なだけで「嫌い」ではない、
むしろその先に、
理屈を超えて「好ましい」世界が広がっていく予感を覚えるようななにかには、
やっぱり、こころとからだを整えて、きちんと向き合っていきたい。

心身がととのっていなかったら、
「苦手」と「嫌い」の区別もつかなくなってしまうので。

大事なことに気づけてよかったな。
がんばります。

 

よい一日をお過ごしください◎