手をつなぐということ

2014年11月11日

なにかを真剣にやろうとすると、必然的に、いま現在の自分に、どうしようもなく欠けている資質を、眼前に突き付けられるようなことになる。

 

それがもう、苦しくて苦しくて、でも泣くこともできなくて、「努力さえ続けていれば、私にだっていつかかならず……」なんてことを口では言いながら、内心、不安で不安で仕方がなくて。

 

「自分には、それが、できない」

 

その事実を認めることが悔しくて、悲しくて。「できない自分」を、あの人はきっと認めてくれないだろう、とか、がっかりされたくない、とか。そんな自分を、自分自身が、一番ゆるせないのだった。

 

考えれば考えるほど、自分の周りに築き上げた壁は大きく、分厚くなっていった。しかもそれは、じりじりと、しかし確実に、私の方に迫ってくるのだった。

 

 

 

ああ、もう息ができない、つぶされる、怖い、どうしよう、誰か、助けて……!

 

 

 

その「助けて」は、呪文だった。

 

「助けて」と声に出して叫ぶことができた瞬間、頑強な壁が、魔法のように、ぱあっと消えた。それはもう、本当に、一瞬にして。

 

まぶしい光……。その向こうに見えたのは、仲間たちの、無数の、やさしい「手」だった。

 

 

 

私には、仲間がいたのだった。

 

戸惑いつつ、おそるおそる握ったその「手」は、もれなく、あたたかかった。血の通った、生きている人間の「手」だった。

 

 

 

私の持っていないものは、ひとつ残らず、仲間たちの「手」が持っていた。

 

その「手」を、私の持っていない「それ」ごと、握っても良いのだと知った。

 

 

 

どっと力が抜けて、涙が出てきた。

 

私という人間が溶けた瞬間、果てしなく大きな「私」があらわれた。

 

 

 

心強かった。どうしようもなく、生かされている、と思った。

 

秋の空が美しかった。涙はいつまでも止まなかった。

 

 

 

私の持っているものはほんの小さなものだけど、でも、もう、ぜんぶあげよう。残らずあげよう。仲間たちに。そして、この、世界に。

 

そう思った。

 

 

 

たったひとつのピースに過ぎない自分を、恥ずかしく、情けなく、頼りなく思うことなんて、ひとつもないのだと知った。

 

 

 

私の「手」を必要としている人は、きっといる。

 

彼らと「手」をつなぐことは、私だけに与えられた役割だ。

 

 

 

その役割を、まっとうしたい。

 

大きな「私」として、生きていきたい。

 

心の底から、そう思った。