混乱の鎮め方 その2

2014年11月14日

私なりの感情の混乱の鎮め方を紹介します。(昨日の記事の続編です。)

 

 

 

「感情が混乱している状態」というのは、そのまま「頭の中の言葉が氾濫して収集つかなくなっている状態」と言い換えることができて。それこそ、昨日ご紹介した作家さんの表現を借りれば、「自分の中の鬼軍曹」が、言葉を使って、ひっきりなしに自分を追い立て、責めたてている状態ということです。

 

で、この「鬼軍曹」。この人は、確かに自分という人間の中にいるのだけれど、だからこそ時々出てきて暴れまわるのだけれど、彼(彼女?)は、決して「私の本体」「私のすべて」ではない。

 

そこをまずは押さえることが大切で。

 

 

 

最近気に入っているたとえで言えば、この「鬼軍曹」は、あくまで「雲」としての私、なわけです。生じては滅していく、実体のない存在。どんなに黒くて分厚くて頑丈そうに見えても、「雲」は「雲」。かならず流れて消えていくもの、無常なるものです。

 

自分の本体は、その「雲」を浮かべる「青空」です。「青空」だけが、唯一不動、不変の私、常なるものです。

 

 

 

なにか「事件」が起きて、「雲」としての私がもくもくもくもく広がって(これがつまり「頭の中の言葉が氾濫して収集つかなくなっている状態」)、私自身をのっとられそうになったら……

 

まずは、目をつぶって深呼吸を繰り返します。(このときは、「吐く」にコミットした呼吸をします。混乱しているときは、たいてい「吐く」ことができなくなっています。「吸う」ことはとりあえず意識せず、「吐く」ことに集中します。)

 

それで、ほんの少し気分が落ち着いてきたら、「雲」としての私の叫び声を打ち消すかのように、「私の本体は、青空です」「本当の私は、青空そのものです」と叫びます。声に出して宣言するのもいいし、頭の中で叫ぶのもいいです。ノートに書くのもいいと思います。

 

(「雲」と「青空」。「波」と「海」……。表現はたくさんあると思います。ご自身にしっくりくるものでどうぞ。)

 

そして、完全に青空(もしくは海)そのものとなった自分を想像します。青空(海)として、すべてを眺めます。雲から青空へと、視点を転換するのです。

 

どんな怒りや悲しみも、そしてそれに混乱させられた自分も、すべてが小さく、頼りない存在に思えてきます。すべてはうつろいゆくもの。流れゆくもの。過ぎ去っていくもの。ならば、こんなものに執着していても意味がない、と理屈じゃなく思えます。

 

すると、混乱は鎮まります。

 

 

 

上に書いたようなことは、一度コツを掴めば簡単なのですが、ずーっと「雲」として生きてきた人、自分の本体が「青空」だなんて想像したことすらない人には、ちょっと難しいかもしれません。「雲」のネガティブエネルギーにはすさまじいものがあるから。そんなこと、すぐには信じられないよ、と思われるかもしれません。

 

でも、誰がなんと言おうと、あなた(私)の本体は「青空」そのものです。そのことをまずは単なる「知識」としてでいいから覚えて欲しいです。(って、私、なんでこんなえらそうなんだ……。ごめんなさい。)

 

完全に「青空」としての自分になりきることはできなくても、想像することはできるはずです。

 

想像力ってすごいです。

 

 

 

「私の本体は、青空です」「本当の私は、青空そのものです」と宣言しても、しぶとく混乱が続くようなときは、私は私自身を落ち着ける場所(たいていカフェ)に連れ出します。

 

それで、なにか甘くてあたたかい飲みものを「雲」としての私に与えます。「与える」のは「青空」としての意識を持った私です。

 

で、「青空」としての私は、「雲」としての私に向かって、こう伝えます。できるだけやさしい口調で。(「雲」としての私は、いまは混乱しているだけで、本来ものすごく気の弱い人物なのです。肝っ玉かーちゃんのように、おおらかに接してあげてください。)

 

「そうかそうか。君はいま、思いっきり暴れまわりたいんだね。いいよ、私が見ててあげるから、存分に暴れまわりなさい。ただし、ノートの中でお願いね。ほかのお客さんがびっくりちゃうから。あ、ケーキも食べたい? いいよ、いっぱい食べな。ここは私がおごってあげるから。すみませーん、注文いいですか?」

 

そしておもむろにノートとペンを取り出して、「雲」としての私の前に広げます。そうして、「雲」としての私に、自分のいまの感情にぴったりくる「言葉」を見つけ出し、書き出していってもらいます。

 

「悔しい」「むかつく」「なんで私が」「なんで私だけ」「悪いのはあんただ」「あんたさえいなければ」「ていうか最低」「最悪」「どうすりゃいいんだ」うんぬんかんぬん……。誰に見せるわけでもないので、遠慮なんか一切せずに、思いっきり書きなぐってもらいます。ぜんぶ、ぜんぶ、ぜんぶを言葉に置き換えて、紙が破れてしまうんじゃないか!? ってぐらいの勢いで書きなぐらせます。「青空」としての私は、その様をただただじっと眺めています。慈愛を持って、やさしく、あたたかく、見守ります。

 

気がすむまでやってもらったら(「言葉」がほとんど出なくなるまでやってもらったら)ペンを置き、「パタン!」と音を立ててノートを閉じます。その「パタン!」でその場の空気を一新するかのように、勢いよく閉じるのがポイントです。その頃には「雲」としての私は、もう疲れ果ててしまって、すっかり大人しくなっているはずです。

 

ノートをバッグにしまったら、目をつぶって深呼吸をします。「吐く」と同時に、「雲」としての私が量産した、黒くて重いもやもやを、一気に外側に放っていきます。何回も何回も深呼吸をして、すべてを吐き切ったら席を立ちます。

 

 

 

……こうして書いてみると、私、結構ヤバいヤツですか?

 

でも、この「ひとり芝居」、ものすごくよく効くのですよ……。そして、なんだかたのしいのですよ……。

 

たのしんでいる主体は、言うまでもなく、青空としての私です。

 

 

 

 

まあ、なんにせよ、感情そのものと自分自身を同化させないことだと思います。自分はあくまで「青空」。「雲」はあくまで一時的なもの。自分を流れ去るもの。その意識さえ持っていれば、一時の感情に、必要以上に傷ついたりすることはなくなります。どんなことがあっても「流せる」自分になれます。これはものすごく心強いことです。「外側」のなにかに頼らなくていいって、ものすごく自由です。

 

 

 

 

 

以上、私なりの感情の混乱の鎮め方講座でした。

 

後半はマニアックすぎて参考にはならなかったかもしれませんが……なにかのお役に立てればうれしいです。