未来のお寺 その2

2014年11月18日

昨日の続きです。未来のお寺のかたちの話。

 

 

 

いま、多くの人の価値観が、「自分」を基準としたものにシフトしていっている。「生き方の軸」を自らに取り戻しつつある人が、増えていっているのです。

 

その際に、「自灯明法灯明」を説く仏教は、実質的にも、精神的にも、人々の大きな支えになっていくのではないでしょうか。

 

そして、お寺側の「手」と一般側の「手」とが、いま一度、ここでしっかりと結び合わされたら、変化は、今後一気に加速していくものと思われます。

 

 

 

すべての人に「自灯明力」(造語です、すみません)が行き渡るには、まだもう少し時間がかかるとは思うのですが(そしてそこには双方の並々ならぬ努力が必要なのだと思うのですが。なにごとも一足飛びにはいきませんので……。でも、その「努力」は、決してつらいものではなく、むしろ楽しく、明るいものになると思います。目的地が光を放っているからです。)人々の中に変化が広がっている以上、そういった人々を受けいれるお寺という場所にも、また、抜本的な変化が求められているのだと思います。

 

 

 

ここから先はすべて私の想像ですが……。

 

たぶん、未来のお寺という場所は、「仏教徒」、もっと言えば「檀家」だけのものではなくなっていると思います。いや、いまだってそういう側面はあると思うのですが(日本人の多くは、「自分は無宗教だ」と言いますしね)、さらに本質的な意味で、宗教・宗派の垣根を超えて、ただただ「自らをともしびとして」生きる、もしくは生きようとする、そんな人々の気軽な集いの場、もっと言えば「ベースキャンプ」としての場といった機能が大きくなっていくのではないでしょうか。

 

「自灯明」を生きる人々は、全員が「自分教徒」です。あ、「自分教徒」っていうのも造語です、すみません。詳しくは二日前の記事をご覧いただきたいのですが、「自分教徒」は、すべてに「(本当の意味での)自分」、つまり「仏さま」や「神さま」と呼ばれる存在と同質のものを見出す人々なので、そこに「○○教」とか「△△派」とかいう概念を持ち出す必要がなくなってくるのですね。

 

人々が、ひとりひとりそれぞれに、自分の足で、自分の人生を力強く歩んでいく。もしくは歩もうと決意を固める。その途上で、少しばかり道に迷ってしまったとき、疲れてしまったとき、原点に戻るために、気軽に立ち寄れる場所として、お寺という場所が機能していくのだと思います。

 

お寺にはまず、すべての基礎としての仏法があります。自らの鑑となるべきご本尊がいらっしゃいます。頼もしいガイド、もしくはコンシェルジュとしてのお坊さんもいらっしゃいます。そして、自分と同じく、自分の足で自らの人生を歩んでいっている、たくさんの仲間が集っています。そこには双方向の心の通ったコミュニケーションが生まれていくでしょう。

 

登山者が、ベースキャンプにて、しっかりと栄養をとり、身体を休め、今後の作戦を練って、さらなる冒険に旅立っていけるのと同様、人々が、ひとりひとりの人生を、再び自分の足でしっかりと歩んでいくための力を蓄える場所として、お寺ほどぴったりな場所もないのではないでしょうか。

 

お寺は日本全国、どんな場所にもあります。コンビニよりも多いという話も聞きます。

 

日本中のお寺が、いま言ったような、人生における、それこそコンビニ並みに気軽に利用できる、ベースキャンプのような「場」としての機能を、いま以上に果たしていってくれたとしたら、現代に蔓延する「生きづらさ」という病は、格段に減ってゆくことでしょう。そして、ひとりひとりの人生が、もっともっと豊かなものになっていくことでしょう。本当の「しあわせ」(それは決してふんわりとした、甘ったるいものではありません。地に足のついた、おなかの底から尽きることなく湧き上がる歓喜です)を生きる人が、増えていくことでしょう。

 

そんな「場」の誕生が、心から待たれます。

 

 

 

 

……なんだか、大口叩いた割にざっくりとした構想になってしまいました。ごめんなさい。そして、これ、半分は単なる私の希望です。でも、お寺がこんな場所になったら、本当に素敵だと思う。そして、潜在的に、それを求めている人も多いと思う。

 

あくまで主役は「自分」。お寺はその手助けをしてくれる場所、という位置づけです。でも、これからの時代、お寺という場所が果たす役割は、ものすごく大きなものとなっていくのだと思います。いま以上に、人々にとって、なくてはならない場所になっていくと思う。

 

 

 

好き放題言ってしまいましたが、希望を述べるだけじゃなくて、実現に向けて、私自身、いまの自分にできることを、全力でやっていきたいと思っています。

 

 

 

みなさんは、未来のお寺に、どんな姿を期待しますか?