「いまここを生きる」ということ

2017年3月7日

おはようございます。小出遥子です。

「いまここを生きる」というのが、仏教をはじめとする
数々の本質的な知恵・智慧の真髄であると言われています。

それは、ほんとうにその通りだと思います。

「いまここを生きる」ことは、
そのまま「いのちを生きる」ことであり、
ありとあらゆる存在にとって、
それ以上のことは、まったくどこにもありません。

でも、そういう風に聞くと、人間って、どうしても
「いまここを生きよう!」と力んでしまうんですよね。

具体的に言えば、
時間軸の中での「いま」、空間軸の中での「ここ」に
必死でとどまろうとしてしまう、ということですね。

でも、言うまでもなく、そんなことは無理です。
そもそも「時間」も「空間」も思考の産物であり、
どこにも実体のないものですから。

だから、もし、なにかしたいのならば、
「いまここにとどまろう!」と必死で努力するよりも、
「いつ、どこで、なにをしていたって、絶対的に“いまここ”しかない」
ということを、観察を通して、しっかり腑に落とす方が先決だと思います。

「いまここにとどまろう!」と努力してしまうのは、
「いまここにとどれまれていない」という意識があるからですよね。

どうしていまここにとどまれないのでしょう?
過去や未来に関する思考が湧いてくるからですね。

じゃあ、その、過去や未来に関する思考は、
いったい、いつ、どこで湧いてきていますか?

いま、ここ、ですよね。

過去や未来に関する思考や、それにともなう感情や身体の感覚は、
すべて、いまここにおいて湧き上がってきているんです。
いまここ以外では、一切、なにも起きていないんです。

そのことが理屈を超えて理解されると、
「いまここを生きる」ということばのほんとうの意味も、
また、同時に理解されます。

そこには、「いまここを生きる私」は存在せず、
「いまここを生きる」ということだけが淡々と起き続けていて……。

ことばで表現するとどうしても矛盾が生じるのですが、
実際のところ、それはほんとうにそうとしか言いようがなくて……。

「いまここを生きよう!」という力みが手放されたときに、
「いまここを生きる」の意味がわかる。

皮肉だけれど、そういうことなのだと思います。

よい一日をお過ごしください◎

 

会場が神谷町光明寺から川崎の髙願寺に変更になりました!
ご友人等お誘い合わせの上、お早目にお申し込みくださいませ。

【3/16(木)】Temple@髙願寺

[DATE]
2017年3月16日(木)
19:00~21:00(受付18:30~)
[PLACE]
髙願寺至心学舎

http://temple-web.net/event/45/