「頭を通さない理解」のお話

2017年3月8日

おはようございます。小出遥子です。

昨日のブログに対して、こんな質問をいただきました。

どう足掻こうが、どう認識しようが、いずれにせよ今ここにしかないのだから、結局どうでもよい。
ってことでしょうか?
今ここにないという思いの方が勘違いだし、悟っていなくても本当は悟っているわけで、
それが腑に落ちたら、もうどうでもいい。ってことでしょうか?

勝手に引用してしまって申し訳ないのですが、
せっかくですので公開でお返事させていただきますね^^

「~~ということでしょうか?」に対するお返事としては、

「ほんとうに“腑に落ちた”と体感できるのなら、
それで良いのではないでしょうか?」

ということになりますかね……。

「体感」というのは、「頭を通さない理解」ということです。

「頭を通さない理解」なんてできるの?
という声が聞こえてきそうですが……できるんです。

というより、本来的な「理解」は、
ありとあらゆる「思考」や「感情」や「感覚」と一緒で、
主体不在のままに、縁の中で、
おのずからふわっと湧いてくるものなんです。
そのことに、ただ、気づけば良いというか……。

そのためには、昨日書いたように、
事実を事実のままに、まっすぐに観察していけばいいですね。

「思考」や「感情」や「感覚」や「理解」は、
いつ、どこで起こっている?

いま、ここで起こっている。

自分という名の主体不在のままに起こっている。

それに気づくことさえできれば、楽にはなりますよね。

でも、まあ、最初はね、
頭を通した理解にとらわれてしまっても仕方ないし、
それはそれで人生を楽に生きる知恵にはなるので、
問題はないんじゃないかなあ、とは思います。

その理解にしがみつきはじめたら苦しくなってしまいますが……
そうしたら、そのときに「手放す」チャンスも同時にやってくるので。

ほんとうに、うまいことできているな、と思います。

私たちがすべきことがもしあるとしたら、
「うまいことできている」世界をただただ信頼すること、
それに尽きるのかもしれませんね。

よい一日をお過ごしください◎

 

会場が神谷町光明寺から川崎の髙願寺に変更になりました!
ご友人等お誘い合わせの上、お早目にお申し込みくださいませ。

【3/16(木)】Temple@髙願寺

[DATE]
2017年3月16日(木)
19:00~21:00(受付18:30~)
[PLACE]
髙願寺至心学舎

http://temple-web.net/event/45/