心臓が動いているということ

2017年3月17日

おはようございます。小出遥子です。

昨日は、慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授の
前野隆司さんをお招きして、川崎の髙願寺さんでTempleを開催しました。
写真は対話の前の質疑応答の時間のものです。
前野先生、ほんとうにありがとうございました!

昨日は当日キャンセルが相次ぎ、実際の参加者は16名だったのですが、
少人数である分、常にも増してアットホームなTempleとなりました。
会が終わっても、お話が盛り上がり過ぎて(?)
みなさん、ぜんっぜん帰らないの!(笑)

私も、対話の時間中、
ご参加のみなさん、おひとりおひとりのお顔を
じっくりと拝していたのですが(気持ち悪い主催者ですみません)、
なんというか、ぜんぜん思い上がった気持ちとかじゃなく、
「Templeという場は、求められているのだな」と。
「こういう場が、世の中に、必要だったんだな」と。
なんの気負いもなく、素直に、そんな風に思えました。

原点回帰。
ありがたい時間でした。

ご参加くださったおひとりおひとりへの感謝を
おなかの底にぐっと沈めて、また、がんばろうと思います。
この春からは、開催の頻度もぐんと上げていく予定です!
全国各地のお寺でも、どんどんやらせていただきます。
応援、どうぞよろしくお願いいたします。

次回は4月22日(土)の昼に開催します!
会場は今回と同じく、髙願寺の至心学舎さん。
二階堂和美さんとの対話/いのちの記憶はのこり続ける
という記事をベースにして、みなさんといのちの対話をたのしみたいと思います。
ふるってご参加くださいませ◎

詳しくはこちら→ http://temple-web.net/event/52/

さて、通常のブログに戻ります。

今日は拙著からの引用を……。

小出:阿弥陀さまの声を聞くのは、特殊な体験なんかじゃない?

大峯:そう。たとえばね、あなたは毎日息をしているでしょう? それはあなたの意志でやっていますか? あなたの意志で、あなたの肺は動いていますか?

小出:ああ、ほんとうだ……。

大峯:あなた自身の肺に対して、心臓に対して、腸に対して、あなたの意志がなんらかの影響を与えていますか?

小出:なにひとつ、与えていませんね。

大峯:与えていないでしょう。ということは、あなたの肺は、心臓は、腸は、あなたのところにあるけれど、あなたのものじゃないでしょう。言い換えると、あなたが作って自分で動かしているものじゃないでしょう。あなたにすでに与えられたものでしょう。宇宙から与えられたものでしょう。

小出:すでに、宇宙から……。

大峯:「他力」ってそういうことを言っているのよ。それが仏教じゃないか。阿弥陀さまじゃないか。

小出:いまここの、この鼓動が、呼吸が、腸の動きが、そのまま阿弥陀さまからの呼びかけなんですね。

大峯:そう。だから「さとり」ということばを使うならそこで使えばいいんです。自分の内臓は自分の意志で動いていないということがほんとうにわかった。そのことが「さとり」ですよ。それでいいじゃない。「なかなかさとれない」なんて言って苦しむ必要は少しもないじゃないの。

小出:ほんとうですね。このお話を聞いて楽になる方、たくさんいらっしゃるんじゃないかな。あまりにも当たり前すぎて見過ごしてきたけれど、私たち、すでに絶対的な他力の中で生かされていたんだって。阿弥陀さまの慈悲の中にあったんだって。

『教えて、お坊さん!「さとり」ってなんですか』(KADOKAWA=刊)
大峯顕さんとの対話 「ほんとうのいのち」に従って生きること より抜粋

「私」が意志をもってなにかをする前に、
すでに、すべては、為されている。

「私」は、なにかを為す存在ではなくて、
為された結果として、そこにあるもの。

すごくシンプル。
それゆえに、あたまで考えてもわからないこの事実が
理屈を超えて「ストン!」と落ちてきた瞬間、

「さとり」は、そこにあるのでしょう。

ほんとうは、なにも難しいことじゃないのですよね。

……と、ちょっと中途半端かもしれないけれど、
今日はここまでにしてしまおう。

大峯先生のことばを、じっくり味わっていただければ。

 

今朝の東京の空は綺麗に晴れ渡っています。

よい一日をお過ごしください◎