諸行無常ということ

2017年3月20日

おはようございます。小出遥子です。

先日、空を見上げたら、白い雲が、ひとつ、
ぽっかりと浮かんでいました。
その雲が、どう見てもエビのかたちをしていたので、
食べものとしてのエビに目がない私は大興奮してしまって、
あわててバッグからスマホを取り出し、カメラを構えたのですが、
そのときには、雲はすでに、
エビというよりはミジンコになっており、
たいそうガッカリしました……。
まあ、ミジンコでもいいか……
と、もう一度カメラを向けたときには、
それはすでにエビでもミジンコでもない
実にあやふやなかたちの「謎の物体X」になっており、
結局、私は、なにも写真におさめることなく、
そうっとスマホをしまったのでした。

……だからなに!?(笑)

いや、だから、やっぱり「諸行無常」だなあ、って。

この世に「ある」ものは、すべて、瞬間ごとに、
そのかたちを変えているんですね。
ひとつたりとも、一瞬前と同じ姿を保っているものはない。

……なんてことを言うと「陰気くさい」とか「辛気くさい」とか
そういう風にネガティブに受け取られてしまうんですよね。
すべてが流れ去るなんて、そんなさみしいこと言わないで、って。

でも、これ、逆から見れば、
むしろポジティブなことばとしても取れるんですよ。

たとえば私は、ついこの間、やってもやっても終わらない、
とある仕事に、発狂しそうになりながら取り組んでいたのですが、
「諸行無常。姿を変えないものはない。終わらない仕事はない」
と、自分に言い聞かせるようにつぶやいた途端、
なんだか少し息がしやすくなって、視野が明るくなったんです(笑)。
で、落ち着いたこころで取り組んでみたら、
その後、割とあっさりとその仕事を片付けることができました。

どんなにこう着状態に見える物事でも、
かならず突破口はある。
なぜなら、諸行無常だから。
すべては、少しずつ、動いているのだから。
自分がそれに気づいていてもいなくても、かならず。

……みたいな文脈だと、ね。
むしろ、ポジティブなことばとして受け取れませんか?

どっちにも取れるんですよ。
こちらのこころがけ次第で。

まあ、仏教的には、諸行無常ということばに、
ポジティブな意味も、ネガティブな意味も持たせていない、
というのがほんとうのところだとは思いますが。

その「ほんとうのところ」の解釈としては……
と、ちょっと長くなりそうなので、今日はここまでにしておきます。
続きは近いうちに(明日?)書こうと思います。

よい一日をお過ごしください◎

 

【4/22(土)】Temple@髙願寺

[DATE]
2017年4月22日(土)
13:30~15:30(受付13:00~)
[PLACE]
髙願寺至心学舎

「二階堂和美さんとの対話/いのちの記憶はのこり続ける」
という記事をベースとした、いのちの対話の集いです。
ふるってご参加くださいませ!