不安に襲われたときには

2017年3月22日

おはようございます。小出遥子です。

私は半年ほど前から、
野口整体のとある先生にお世話になっているのですが、
先日、めずらしく、先生の方から個別にお呼びがかかり、
「なにごとか……!?」とどきどきしながらうかがいました。
「なにか重篤な病気が見つかったのか……!?」と。

結果、とくにそういうわけではなかったので、
ほっと一安心だったのですが、
じゃあなぜ私を呼び寄せたのかというと、
「小出さんには神経系の調整が必要だから」と。
「3月は神経系を整えるのに良い時期なんですよ」
「これを逃したら、また来年まで待たなきゃいけないからね」と。
なるほど、そういうことでしたか……。

神経系でいう神経というのは、自律神経のことです。
交感神経とか、副交感神経とかのアレですね。
(ざっくりしすぎてごめんなさい……。)

私は慢性的に眠りが浅いのですが、
それはどうも神経系の機能を調整することで改善される可能性があるらしく、
普段より念入りに、1.5倍ぐらいの時間をかけて、からだを整えていただきました。
ありがたいことです。

ほんとうのほんとうにありがたいこと……ではあったのですが!
ががが!!!
その好転反応なのかなんなのか、
ここ最近、みぞおちの奥にズーンとした重苦しいかたまりがずっとあって、
その影響で(?)日々、なんとな~く目に映る景色が灰色で……。
なにがあったわけでもないし、なにがあるわけでもないのに、
うすらぼんやりとした不安感をずっとずっと抱えていました。
いまはだいぶ脱しましたが……。

で、思ったんです。
「うわ~、このすべてが不安に覆われている感じ、懐かしい!!!」
「昔の私、いっつもこんな感じだった!!!」って。

いや、ほんと、昔の私は、不安が服を着て歩いている感じで。
あたまの中は、過去への後悔と未来への不安でいっぱいで。
なにをしていてもこころから楽しめなくて、
それをいつだって誰かやなにかのせいにして過ごしていました。
慢性的にそんな状態だったんです。

でも、そんなあるとき、ありとあらゆる「不幸な出来事」が
いっぺんに私の身に降りかかってきまして、
(仕事と、多額のお金と、社会的信用と、
健康と、恋人とをいっぺんに失ったんです! やばいでしょう!笑
いや、笑いごとじゃないですね、ほんとうに……。
20代後半の頃の出来事です。人生最大のピンチでした。)
そのときに、さすがにいろいろ持ちこたえられなくなって、
自分と世界との関係性を、真剣に捉え直さざるを得なくなったんですね。

それをきっかけに、仏教をはじめとする、さまざまな
「古くてあたらしい」本質的な知恵、智慧を学び始めて、
で、段階的にいろいろなことが腑に落ちていって、
あるとき、「いまここには、いまここしかない!!!」
ということに完全に納得がいって、それ以降ですね、
慢性的な、わけのわからない不安感、自分が自分であるだけで不安なんです……
というような、病的な状態とサヨナラすることができたのは。

だから、ある意味、「地獄で仏」を身を持って体感したわけですが……。
でも、どうなのかな……。
こんなつらい体験をしなくても、
人にはちゃんと「知性」というものが備わっているので。
ちょっとでも「あれ、おかしいな?」
「こんなに人生がつらくていいわけないよね?」
「私、もっとたのしく、しあわせに生きられるはずなんじゃない?」
と思うようなことがあれば、それをフックに、仏の智慧や、
その他この世にあまたある本質的な知恵と出会って、
いくらでも人生変えられると思うんですね。

もちろん、いまだって、不安感から完全に卒業できたわけじゃないです。
日々、いろんなことを思って憂鬱になっています。
人間だもの……。これは、たぶん、一生続くんじゃないかな。

でも、以前みたいに「わけもわからず不安で、一日中どんより……」
ということはなくなったし、もし不安感に襲われても、
割とすぐに、なんでもないところに戻ってこれるようになったので。
かなり、楽にはなったなあ、と。

……なにが書きたかったんだっけ?
ああ、そうだ! いまの私が不安感に襲われたとき、
具体的にどうしているか、という話を書きたかったんだ!

前置きが長くなり過ぎたので、本題については、また明日、書きます。
すみません……。

よい一日をお過ごしください◎

 

【4/22(土)】Temple@髙願寺

[DATE]
2017年4月22日(土)
13:30~15:30(受付13:00~)
[PLACE]
髙願寺至心学舎

「二階堂和美さんとの対話/いのちの記憶はのこり続ける」
という記事をベースとした、いのちの対話の集いです。
ふるってご参加くださいませ!