春が開いた

2017年3月30日

おはようございます。小出遥子です。

曹洞宗の尼僧である青山俊董さんのお話で、
「早春梅開」ということばを知りました。
道元禅師のお師匠さんである如浄禅師のことばだそうです。

ごくふつうに読めば、「梅、早春に開く」となります。
でも、青山さんは、こんな風にお読みになっていました。

「梅、早春を開く」

これに、私(と、一緒に話を聞いていた夫)は、
たいそう衝撃を覚えたものです。

梅が開いたのではない。春が、開いたのだ――

春には、なにか明確なかたちがあるわけではありません。
春、という決まったかたまりがあるわけではないのです。

春は、梅の花となって、スミレの花となって、
タンポポの花となって、桜の花となって、
(冒頭の写真は、昨日、近所の川沿いで撮影したものです)
頬に当たるやわらかな日差しとなって、
鼻の奥をくすぐるそよかぜとなって、
ぼうっとかすんだ青空となって、
あらがいがたい眠気となって、
わけもわからずそわそわする気持ちとなって、
別れの切なさとなって、出会いの高揚感となって……
私たちに、その姿を見せてくれているのです。

いのちも、これと一緒ですね。

いのちに、明確なかたちはありません。

でも、いのちは、ありとあらゆるすべてのかたちをとって、
いま、この瞬間も、私たちにはたらきかけつづけているのです。

桜が開いた
春が開いた
いのちが開いた

今日あたり、一斉に「開花」の声が聞けそうですね。

よい一日をお過ごしください◎

 

【4/22(土)】Temple@髙願寺

[DATE]
2017年4月22日(土)
13:30~15:30(受付13:00~)
[PLACE]
髙願寺至心学舎

「二階堂和美さんとの対話/いのちの記憶はのこり続ける」
という記事をベースとした、いのちの対話の集いです。
ふるってご参加くださいませ!