調和的なパンク、はじめます。

2014年12月11日

「調和的なパンクを実現しよう」

 

昨日の朝、ふいに頭に浮かんだのは、そんな言葉だった。

 

 

 

私は、数年前から、ある「現状」について、強い問題意識を持っていた。でも、自分なんかがどうこうできるような問題ではないと思っていたし、もどかしさは感じつつも、眉間にしわを寄せ、手をこまねいたまま、むっつりと黙りこんでいることしかできなかった。

 

臆病だったのだと思う。

 

 

 

しかし、今年、私は、自分の周囲に張り巡らされたご縁の網目を、少しずつ、少しずつ手繰り寄せるようにして、得難い「仲間」との出会いを果たした。

 

そして、「仲間」との対話を重ねていく中で、私は、いつしか、未来に、巨大な光を見出すようになった。

 

 

 

「これをこうしてああしたら……もしかしたら、すべては変わるかも……!」

 

「仲間がいてくれるから、ぜったいに大丈夫!」

 

 

 

巨大な光は、私の臆病を吹き飛ばしてしまった。

 

そうして、私たちは行動を開始した。

 

 

 

いま、自分の足元に広がる道は、確実に大きな未来へと続いている。

 

それは、もはや「小出遥子」個人を超えたところにある未来だ。

 

 

 

根拠?

 

そんなものは自分の胸のうちにしかない。

 

でも、私には、確かに、目の前の虚空に、大きな大きな矢印が見えるのだ。

 

私の中の「愛」が、「仏」が、「神」が、「自然」が、「青空」が、「大海」が、「大河」が、「ワンネス」が、「サムシング・グレート」が、「ほんとうの自分」が……いつでも、どこでも、「ぜったいこっち!」というのを教えてくれているのだ。

 

私は、ただ、それに従うだけで良いのだ。

 

 

 

私たちのやろうとしていることは、はっきり言ってめちゃめちゃパンクなことだ。

 

ある意味、ものすご~~~く反体制的なこと。

 

それをガチガチに固められた「体制」のど真ん中でやろうとしているのだから、自分でも、随分、危なっかしいことだと思っている。

 

 

 

でも、本当にそうかな?

 

「反体制的」=「破壊的・攻撃的な気分」とは、決して言い切れないんじゃないか。

 

調和的なパンクがあったっていいじゃないか。

 

 

 

 

 

数年前の初春、私はほとんど、自分の人生に絶望していた。

 

あまりにもいろんな「やばい」ことが重なりまくって(それらはいま思えば、完全に、すべてが「自業自得」の沙汰だったのだが)、もう、息をするのもやっと……という感じだった。

 

そんな中、私は、ある「光」を見たのだった。

 

 

 

奈良・東大寺のお水取りという儀式でのこと。

 

二月堂の近くのスペースで、びっくりするほどの人ごみにもまれた背の低い私は、そこに立っていることがギリギリで、お松明を見る余裕なんて、ぜんぜんなかった。

 

実際、私の立っていたのは、地理的に、うんと背伸びをしても、お堂の端っこに、ほとんど消えかかったお松明を確認できるのがやっと、という場所だった。

 

 

 

イライラとガッカリとをまぜこぜにした表情を浮かべる私に、ふいに、

 

「遥子さん。ホラ、あっちを見て。」

 

という声が届いた。男の子の声だった。

 

いぶかしく思いつつも、促されるままに「そっち」を見た私は、次の瞬間、はっと息を呑んだ。

 

 

 

小さな小さな池の水面に、すべてが、反射していたのだった。

 

巨大なお堂も、そこを駆けるお松明の橙色の炎も、すべて、すべて、すべて。

 

 

 

呆気にとられたまま、私は、いつまでもいつまでも水面を見つめ続けた。

 

人々が、みな顔を上に向け、消えかけたお松明のかすかな光を浴びている中、私だけはずっとずっと下を向き、水面にうつる「すべて」を見つめ続けていたのだった。

 

 

 

儀式が終わって、人々がどんどん帰っていっても、私はその場から動くことができなかった。

 

消えかけていたいのちの火が、ふたたび灯されたことを感じていた。

 

 

 

「生きていける……」

 

ただただ、そう思っていた。

 

ただただそう思って、今日まで生きてきた。

 

 

 

 

 

私の思う「調和的なパンク」は、あのときに見た、水面上の無数の光に支えられているのだ。

 

 

 

こんなかたちの「革命」があっても良いだろうと思う。

 

本気で、そう思う。

 

 

 

 

 

ということで、調和的なパンク、はじめます。