結婚して2年が経ちました

2017年4月8日

おはようございます。小出遥子です。

今日は4月8日。お釈迦さまの誕生日……であると同時に、
われわれ夫婦の結婚記念日でもあります。

ということで、
去年のこの日に自分が書いたものを振り返ってみます。
ちょっと長いですけれど、転載しますね。

日本語では「おのずから」と「みずから」とは、ともに「自(ずか)ら」と「自」の字をもって表します。そこには、「みずから」為したことと、「おのずから」成ったこととが別事ではないという理解が働いています。

われわれはしばしば「今度結婚することになりました」とか「就職することになりました」という言い方をしますが、そうした表現には、いかに当人「みずから」の意志や努力で決断・実行したことであっても、それはある「おのずから」の働きでそう“成ったのだ”と受けとめるような受けとめ方があることを示しています。

「できる」という言葉にも同様の事情がうかがえます。「出来る」とは、もともと「出で来る」という意味です。物事が実現するのは「みずから」の主体的な努力や作為のみならず、「おのずから」の働きにおいて、ある結果や成果が成立・出現することによって実現するのだという受けとめ方があったがゆえに、「出で来る」という言葉が「出来る」という可能の意味を持つようになったとされているものです。さらには自発の「れる」「られる」の助動詞が、そのまま受身でもあり可能でもあるというところにも同じ発想を見いだすことができます。

(中略)

「今度結婚することになりました」という言い方には、たんに当事者不在の自己弁護だけをしているのではなく、結婚相手に出会うことをはじめ、その後のいろいろな幸不幸の出来事、あるいは人の手助けもふくめて、「みずから」では及ばないところでの働きも相俟って、やっと結婚という事態にいたったという、「みずから」を超えた働きへの感受性が表明されていると考えることができます。

(竹内整一著 『花びらは散る 花は散らない ――無常の日本思想』 角川選書 より抜粋)

去年の今日更新したブログに載せた文章を
またまた引用してみました。

竹内さんの文章、ほんとうに素晴らしいですよね。

そうそう! これこれ! まさにまさに!
って力強くうなずきつつ引用したことを覚えています。

書き立てホヤホヤの婚姻届をPCの横に置いて……(笑)

“「おのずから」と「みずから」のあわいですべてが起こっている”

これ。
入籍して丸一年が経過した今日も、
まったく同じ感懐を抱いています。

……いや、まったく同じ、ではないかもしれません。

いまの私は、

“「おのずから」と「みずから」のあわいですべてが起こっている”

という表現よりも、

“すべては「おのずから」起こっている”

という表現の方に、よりリアリティーを感じているのです。

この一年の間に起きたことを振り返ってみても、
結局、私が「みずから」なしたことなんか、
ほんとうに、ひとつだってないんじゃないかな……って。

すべては、「おのずから」起こっている。

「みずから」なにかをした、と感じることすら、
広大な縁の網目の中で、「おのずから」起こっている。
「おのずから」の包摂から逃れることなんか、決してできない。

……って、こういう書き方をすると、
「結婚生活うまくいってないんかい!?」
というツッコミが入りそうですが(笑)
いやいや、もう、ぜんぜん!
びっくりするほど仲良くやらせていただいていますよ。

でも、その「仲良くやらせていただいている」っていう事態も、
ほんとうのところ、私や夫の意志とは無関係に、
「おのずから」起こっていることなんじゃないかな、って。

無責任な感じに聞こえるかもしれませんが、でも、
「みずから」なにかをなそう! 関係性をどうこうしよう!
と力んでいたときよりも、
「おのずから」におまかせしているいまの方が、
もう、断然、いろいろとスムーズだし、
「仲良くやらせていただいている」ということが
「おのずから」起こりやすくなっている気はします。

……なんだか変な日本語になってしまいましたが、
いまの実感を、そのまま書いてみました。

「おのずから」のはたらきに抱かれて、
結婚一年目の朝を迎えられたことをしあわせに思います。
ただただ、ありがたいな、ありがとう、と思います。

ありがとう。

旧ブログ2016年4月8日の記事より抜粋)

いやー……。
これ、ほんとうに、一年前の私が書いたのかな? ってぐらい、
いま現在の感懐との間にズレがないことに驚いています(笑)。

進歩がない、と言えばその通りなのですが……どうなのかな。
ここに関しては、進歩も退歩もあるような話ではないと思うし、
なによりも、いま、「これでいいのだ」と、
なんの力みもなく言えてしまう感じがするので。
きっと、ほんとうに、「これでいいのだ」なんでしょうね。

「おのずから」のはたらきの中で、
水のようにしなやかにかたちを変えながら、
これからも、「結婚」というものを、たのしんでいけたらいいな、と。

ただ、それだけ。
ほんとうに、それだけ、だなあ。

シンプルに、そう思えることは「しあわせ」なことですね。

いつも、ほんとうにありがとうございます。

よい一日をお過ごしください◎

 

4月22日(土)のお昼に、川崎の髙願寺さんにて、
対話の集い・Templeを開催させていただくこととなりました。

今回は、Temple Web掲載の
「二階堂和美さんとの対話/いのちの記憶はのこり続ける」
という記事を糸口として、みなさまと一緒に、
「いのち」からはじまる対話をたのしめたらいいな、と考えております。

ご興味がございましたら、以下のイベント概要をお読みいただいた上、
(下記「ご参加にあたってのお願い」もご熟読くださいませ)
フォームよりご参加のお申し込みをいただけますとさいわいです。

それでは、どうぞよろしくお願いいたします。
みなさまとお目にかかれるのを、楽しみにお待ちしております。

(Temple運営事務局・小出遥子)

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Temple@髙願寺

日時:2017年4月22日(土)13:30~15:30(受付13:00~)

【タイムスケジュール】
◆13:00~13:30 受付&リフレクション1
→お寺=仏さまの見守る空間で、心地良い音楽とともに、
 思い思いにお過ごしください。
◆13:30~13:45 ごあいさつ&リフレクション2
→Temple主宰・小出遥子のごあいさつののち、
 お坊さんと一緒に、参加者全員でお経を読みます。
◆13:45~14:30 ダイアローグ1
→Temple Web掲載の
 「二階堂和美さんとの対話/いのちの記憶はのこり続ける」
 という記事から感じたことを、参加者同士、少人数のグループに分かれて
 シェアリングしていただきます。(事前に当該記事を各自でお読みになった上で
 ご参加くださいますよう、お願いいたします。)
◆14:30~14:45 休憩
◆14:45~15:30 ダイアローグ2
→グループのメンバーを変えて、引き続き、少人数で対話をしていただきます。
 後半のダイアローグのテーマは、ズバリ「いのち」。
 ご縁にしたがって、ざっくばらんに対話をおたのしみください。

《ご参加にあたってのお願い》

・プログラムの進行上、Temple Web掲載の 
 「二階堂和美さんとの対話/いのちの記憶はのこり続ける」 を
 事前にかならずお読みいただいた上でご参加ください。
・Templeは議論の場ではありません。ご自身のお考えを押しつけることなく、
 違った意見もやわらかい心で受けいれましょう。
・全員が心地よくダイアローグの時間を過ごせるよう、
 各グループごとに、お気遣いと工夫をお願いいたします。
 (例:ひとりの方だけが話し過ぎることのないようにする、など)

上記のルールをお守りいただくことが難しい方は、ご参加をご遠慮ください。
もし、このルールに反するような振る舞いが見られた場合は、
その場でご退場いただくこともございます。
安心・安全な場作りのため、ご理解とご協力をよろしくお願いいたします。

会場:髙願寺至心学舎
(JR南武線・東急東横線「武蔵小杉」駅 北口バスロータリー1番のりば(市営バス)、もしくは2番のりば(東急バス)より、バス停5つ目「市営等々力グランド入口」下車すぐ)
http://www.kouganji.net/index.html

定員:30名(先着順)

参加費:2000円(当日、受付にてお支払いください)

お申し込み: こちら↓のフォームよりお願いいたします。
http://ur2.link/Ccn0 

お問い合わせ:temple00001.info@gmail.com 
※髙願寺への直接のお問い合わせはご遠慮ください。

主催:Temple運営事務局(主宰・小出遥子)

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Temple Website:http://temple-web.net/
Temple Facebookページ:https://www.facebook.com/temple00001
Temple Twitter:https://twitter.com/Temple00001